[ノベル] I can not doing / 俺には出来ないよ 1/14「チャンスが目の前にやってきた」

I can not doing /俺には出来ない

1/14「チャンスが目の前にやってきた」

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「僕がこのダイヤモンドステータスになれたのもアップラインである太宰府幸也エグゼクティブステータスがフォローしてくれたことと、、、、友人たちがネットワークを頑張って作ってくれたからです、、、、そしてこのドリームロードビジネスに出会ったこと、、、ここにいる皆さんもドリームロードビジネスと言う素晴らしいビジネスに出会った。貴方の人生を変えるチャンスです!貴方にもできる!次は貴方が夢を叶える番です!、、、、誰にも平等でそして健全なビジネスチャンス!貴方にもできる!ありがとうございました!」

ニューダイヤモンドステータスになった中金吉夫の涙ながらの最期の挨拶でアチーブタイムの式典が終わりを告げた。立ち見まで出ている会場からは割れんばかりの拍手がこだました。

その会場にいた大勢の中で一人だけ拍手を打たない男がいた。若竹文洋は空っぽになった心を何かで埋めることが出来ないまま座っていた。

ステージの上の男と女に見覚えはあるが誰なのか、なぜ泣いているのか、、、、抱き合って何を喜んでいるのか、涙を流しながら笑って手を振っているが、、、この拍手は何?

自分とどんな関わりがあって、なぜ自分がここにいるのか。

この音のない映像は何なのか。

答えを見つけようと本能が動き出すが、その答えを見つけることよりも終焉の時を待つことを嫌った。

人形が糸で操られるかのように拍手の鳴り止まない会場を足早に後にした。


物語は2年8ヶ月をさかのぼるところから始まる。


若竹文洋の前の仕事の先輩であった中金吉夫がネットワークビジネスと言う仕事を始めたのは噂で聞いていた。その噂通り何度か中金から電話がかかってきたがほとんどの人がヤバイ仕事だと思うように若竹もその時々でうまく誤魔化して話をスルーしていた。

「フミヒロ?文洋にピッタリの仕事なんだよ。まあ、やるかやらないかは一度話を聞いてから決めてOKだからさ、一度話を聞きにおいでよ」

「中金さん、俺、今、忙しくて、、、帰りが9時くらいで朝が6時なんですよ」

「休みの日は?」

「いやぁぁ、、、勘弁してください。休みの日に仕事の話は、、、、」

「そうか、、、、じゃあさ、また電話するから時間のある時に聞きにおいでよ。絶対に良い話だから」

「、、、、はい、、、」

若竹は塗装職人をやっていたが実の内容は肉体労働者と言うのが適切だろう。しかし職柄なのか、塗装職人は遊びに関してはピカイチで遊び仲間が多くいるのが社会人として良くも悪くもある。夜、新宿に遊びに行くことが多かったがそこはまるでビーストパークのような場所。そこに付き物なのが揉め事。それも類は友を呼ぶではないが揉め事を屁とも思ってない連中とナンパに酒に楽しむことを忘れない集団の一員だった。酒もナンパも酔えば天国、覚めれば地獄なのは日常だった。そんな日常を過ごす若竹に「良い仕事」は悪い仕事にしか聞こえないのだ。

それにもうすでに先輩も後輩も無い年齢になっていた2人には天秤に載せる錘の重さが少々違っていたのかも知れない。

それから数ヶ月に一度、中金から電話が入るのだが今回の電話は少し音色が違っていた。

「前に言ってたネットワークビジネスの話なんだけど、、、」

「あああ、俺、興味ないんですよ」

「いやそうじゃなくて、そのネットワークビジネスで少し成功したんだ」

「成功?」

「そう。分かりやすく言うと年収が700万円くらい」

若竹自身は務めているとは言え年収で450万円を越えていたのであまりピンと来なかった。

「まあ、すごいですね、、、」

「いやそうじゃなくて!これが権利収入だからスゴイのさ!」

中金の声がワントーン高くなった。若竹にとっては馴染みのない言葉である権利収入と言うところにクエスチョンマークを打つのは当然のことだろう。

「権利収入?あの、、、本とか発明品とか、そう言うのですか?」

「そうそう!本でも発明品でもないけど、そんな感じ」

「へぇぇ、、、すごいっすね」

まだピンとこないのは至極当たり前なのかも知れない。

「その権利収入が文洋にも作れるって話なんだよ」

「いやぁぁ、、、俺は遠慮しておきますよ」

「じゃあさ、一回だけ!一回だけ遊びにおいでよ。遊びに来るついでにそのネットワークビジネスの話を聞いてくれたら俺も文洋も納得ってことにしようよ」

「やらないですよ、そんな仕事」

「聞くだけ。俺は話すだけ。それで感想を聞かせてよ」

「はぁぁ、、、じゃあ、一回だけ遊びに行きます」

この一回だけの訪問が文洋の運命を少しだけ岐路に立たせることになるとは思う由もなかった。ちょっとしたきっかけで人生は劇的に変化するがその方法を知ってる人は少ない。そしてその方法を知っていたとしても使う人は更に少ない。そして重要なのはその方法を使ったとしても貫き通せないのがほとんどだ。嘘や欲望に負けてしまえばその方法さえも嘘になる。若竹の場合、その仕事の始まりは些細な電話からだった。そんなことを気に止めることもなく次の日にはいつもと同じ仕事へ向かうのである。

「社長、、、、実は、、」

休憩時間の詰所で若竹が昨日の電話を打ち明けた。立川塗装社長の立川荒太が苦笑いで答えた。

「吉夫?、、、ん?、、、あ!あいつか!あいつ、あれだろ、マルチ商法で一稼ぎしたんだろ、兄さんに聞いたよ」

「もしかしてお兄さんのとこに電話があったとか」

「そうだよ。兄さんって吉夫の仕事の先輩だっただろ、マルチ商法の話を聞けって話だったってさ」

「お兄さんは、、、お兄さんは聞くって言ってました?」

「聞くわけないだろー!お前な、マルチ商法ってのは人が必要なんだよ。いっぱい集めて少しづつハネて、商品を買わせてそこから上がりを取るんだから、そんなの兄さんがやるわけないだろ」

商売とは実のところそう言うことなのだろうがそれを暗黙の了解として全ての人が暮らしを築いている。あからさまに言われればそれは人は目を瞑る習性なのだ。さらに立川の兄は生真面目で誠実な男だった。立川の兄は建築会社に勤めるサラリーマンだ。その性格や人望から割と出世しているが欲の無いように見えるせいでそこそこの出世と言った感じだ。その建築会社のバイト要員で来たのが中金吉夫で、その1年後に若竹文洋がバイトで雇われた。兄は2人の面倒をよく見ていた。当時の中金はハードロックに憧れるギターリストで黒の革ジャンがトレードマークになっていた。一方、若竹はどこからどう見ても高円寺にいそうなパンクスだった。中金は自分を押し通すタイプで善悪をハッキリさせたがり自分が善の場合は一歩も引かなかった。一方、若竹は善悪などどうでも良かった。善悪の決着よりも気の合わない奴とはわざわざつるまない性格で見た目での差別に加え後ろ指も気にしなかった。

立川塗装の社長立川荒太は10代の頃から荒くれ者で人殺し以外は全部やったのではないかと思われる不良だった。今でこそ社会人としての自立は果たしているがヤバイ雰囲気がプンプンしてくるのは染み付いたもののせいかも知れない。お兄さんの勧めで立川の塗装会社に鞍替えした若竹は職人稼業が合っていたのかも知れない。中金は人付き合いが割と上手で目上の人間を立てる建前も持っていてサラリーマン向きなのを兄は見抜いていた。立川の兄の才能と言えば大袈裟だが、お兄さんの思惑通り立川荒太は若竹とはどこか気が合い仕事は命懸けで挑み休憩の時はバカ話で盛り上るのだった。


「お前なー、聞きに行くのは良いけど、上手く乗せられてマルチ野郎になったら首だからな」

「やらないですよ、なんかヤバそうだし」

「文洋は性格が良いから、すぐ騙されるからなー、あれ、いつだっけ?女に騙されてそいつの男、ボコボコにしたのは先月だっけ?」

「ボコボコなんかしてないですって。向こうが俺の女に!って言うから、あ、そうですかってちゃんと答えたら蹴られたんですよ。蹴られたらゴングでしょ!落ちてた石で頭をぶん殴っただけですって」

「がっはっは!それでよくパクられなかったよなー」

「いや、ほんとですよ。正当防衛で慰謝料もらえたかも知れないのに」

「もらえるわけねーだろ!地方裁判所行きだよ!」

詰所での休憩は時としてあっちに転びこっちに戻り、結局笑いで終わるパターンが多い。それが工事現場での正しい休憩の仕方なのかも知れない。


数日後の日曜日、文洋は中金の家を訪れるため甲州街道を愛車の87年コルベットで走っていた。V8の音が心地の良い昼時だ。

「今日は調子良いねー、なんだか良いことあるかも。俺みたいな感じで女も来てて、帰りに送っていって飲みに行ってガオォーとか」

スピーカーからはアディクツのViva la revorutionが流れ軽快に環八を越えていった。

「確かここら、、、芦花公園って、ここを右折、、、」

右折して細く小さな商店街を抜けたあたりでハザードを焚いた。地図を確認しながらメモと照らし合わせ目印を探した。

「確か、、、2本目の角にタバコ屋が、、あ、あれかな、、、そこを入って、左に行った右側のマンション、、、前に止めて良いって言ってたよな」

徐行しながら左折するとさらに細い一本道を突き進んだ。

「これ、帰りにUターンできる?、、、、ん?これ?マンションは、、、ダイヤモンドヒルズ、、、、ん!これだ」

芦花公園駅から程近い裏手に巨大なマンションが建っていた。高層ではないし高級マンションとは言えないが安い家賃でもなさそうだ。若竹の仕事では様々な家にお邪魔するため金持ちと貧乏の差みたいなものを直感で感じれるようになっていた。それは貯金や収入ではなくセンスの方を強く感じてしまうのだ。貧乏所帯でも家中(いえなか)を見ればセンスの良い装飾品や家具がある場合もあれば、せっかく高級マンションに住んでるのにナンセンスなモノばかりで喜んでる金持ちも多く見てきている。若竹や立川の仕事はそれを直感で分かる癖が付いていた。

若竹が中金の住む307号室のオートロックを押した。即座に中金の声が反応して帰ってきた。

「どうも、若竹です。中金さんのお宅でしょうか?」

「おおおお!いらっしゃい。今、開けるよ」

オートロックが開き中のエレベーターで307号室のチャイムを押すと中から見覚えのある女性が出てきた。

「いやぁぁー久しぶり!元気だった?」

「ん?、、、、」

記憶を掘り出すのに時間はかからなかった。

「イイコさん?」

「そうよ。久しぶりねー。入って、入って」

招き入れてくれたのは昔の吉夫の彼女だった良子は今は吉夫の奥さんのようだ。名前が良子のせいで皆から良い子(イイコ)とあだ名されていたのは久しぶりの記憶だ。

良子はどこかの企画会社に勤めていてその多くのセミナーやイベントを開いていたように記憶している。その会社の経営者が中金の父だったそうで、何かの時に出会ってから意気投合して付き合い始めたようだ。

「文洋くん、元気にしてた?、、、、あれ?ちょっと待って!もしかして、ドリームロードやるの?、、、スゴイ!」

「ドリームロード?」

「私たちの仕事よ!絶対に頑張った方が良いよ!」

「いや、その、、、、そのドリームロードだと思うんですけど、その話を聞きにきたんです」

「あ!そうなの!でも、文洋くんは絶対に聞くと思ってた。だってセンス良いし、仕事真面目だし、キっちゃんよりずっとちゃんとしてるし」

「いやいや、、、あれです。聞きに来たのはそうなんですけど、聞きに来たと言うよりか、聞きに来てとお願いされたのが近い感じです」

「まあ、細かいことは良いって。コーヒー飲む?」

「はい。ありがとうございます」

奥の部屋から吉夫が出てきた。身なりは清潔感を感じさせ見たことのあるような無いようなブランドものの上下でネックレスもやはりどこか見覚えのあるような無いようなブランドものだった。部屋は広くリビングとキッチンがオールインワンになった20畳ほどはあろうかと言う部屋のバルコニーはゆっくり椅子を出してコーヒーも飲めそうな広さだった。なんとなく目に入る扉の数から奥に3部屋か4部屋はありそうだ。

「久しぶりだねー、元気だった?」

「はい。おかげさまで元気です」

「どう?」

「、、、、、、どう?」

吉夫の「どう?」の質問が何を聞いているのか察するのに少々時間はかかったがあまり良い問いかけには思わなかった。仕事を共にしていた時に何度かお互いの家に行ったことはあったが、その時はお互い6畳に小さなキッチンがついてる様な部屋で暮らしていた。そのことを考えれば目の前の広さは想像を越えていたのかも知れない。

しかし若竹もこの時は高級マンションとは言わないが築20年以上の古い家族向け賃貸3LDKに一人暮らしをしていたのであまりピントと来なかった。

「あ、良い部屋ですね、、、スゴイ部屋じゃないですか!」

「そう?そうでもないよ」

褒めて欲しい癖に謙遜する辺りが吉夫のイマイチなところだったのを思い出した。自分のスゴイと思うことを他人に確認してしまうところが器の容量の少なさを感じてしまうのだ。良子が「キっちゃんよりちゃんとしてるし」と言ったのがどの部分を言っているのかは知らないがある意味当たっているのかも知れない。同じ会社にいた時、たった2年で吉夫より仕事ができるようになり同じ趣味であったバンドでも吉夫のバンドはライブハウスでも動員数も5人が良いところで文洋のバンドは100人を越えるライブを何度もやっていた。当時の私生活も比べればキリがなく車を文洋は実費で持っていたが吉夫は自分の女の良子の実家の車を我が物顔で乗っていた。世間一般の基準で見れば良い先輩後輩の関係は仕事の時間だけで私生活は無関係だったのはどこにでもありそうな先輩後輩の関係だった。

吉夫は実績の様な手に持てる何かが欲しかったが、文洋は楽しむことを目指していた。似て非なるものを欲しがる二人にとって本質での共通点がないのだ。

吉夫の友達たちも何人かには会ったことがあるが、口ばっかりで大して面白い男も女もいなかった。イメージではあるがサラリーマンの様な話でしか酒が飲めず次の日には勇敢な戦士から平民に戻るのだから文洋にとって良い酒であるはずがなかった。

文洋の友達たちは良い言い方をすれば個性的。悪い言い方をすれば自己中心。酒の席では次の土曜日にナンパに行くクラブのことを話し来月プレイするライブハウスの対バンの情報を交換し対バンの中に女がいれば可愛いかどうかを確認しあう様な酒ばかりだった。スペシャルを付け加えスペシャルな良い言い方をすれば前しか見ていない酒だった。同じ酒でも全く違うのだ。

そんな中で生きていた若竹にとっては良子の言葉も理解できないわけではないが、何を基準するかは人それぞれで前にいた会社の先輩と言うだけで吉夫のカッコ良い場面には出会ったことのないのが文洋の実の気持ちだった。

「でさー、前に言ってたネットワークビジネスの話なんだけど」

「あ、それ、興味はないですけど一応聞きに来ました」

「興味はないよ、みんな。でもさー、ここの家賃、25万なんだ。それもネットワークビジネスで稼いだんだ」

「へぇぇー、そうなんですね」

「いやいや、そこ、もっとビックリするところでしょ」

家賃25万円はたしかにスゴイ。だが、家賃の額に豪華さを夢だと思わない人にとってはどうでも良いことなのかも知れない。

「みんなさー、自分には無理だ、お金持ちとか見て自分には縁のない世界だって思ってるけど、そうじゃないんだよ」

「、、、、はあぁぁ、、、」

「ま、今から簡単に説明するからさ、聞いて。ちょっとだけさ、自分の未来みたいなのを真剣に考えながら聞いてくれたら分かりやすいかも」

「、、、はぁ、、、」

中金は挨拶もそこそこにホワイトボードに説明を始めた。

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この物語は筆者が経験したことを基に描いた物語です。

毎週水曜日 第2話へ続く。