[ノベル] I can not doing /俺には出来ないよ 3/14「新参者の第一歩」

 

2週間後の日曜日に若竹は横浜にある国際展示場ホールにいた。

「その日にドリームロードで大成功した人のスピーチがあるんだ。チケットのお金は必要だけど、絶対に聞きに行った方が良い!俺も行くし、良子も行くし、あとうちのグループの仲間も紹介できるからおいでよ」

「大成功って?」

「俺は3つのパーティーを100万ポイントに達成させたエメラルドステータスなんだけど、そのリーダーステータスを60個も作った人がスピーチするのよ」

「それ日本人ですか?」

「そうだよ。世界50カ国にあるドリームロードビジネスで唯一60個のリーダーステータスを作った人で、年収は7億円とも言われてて。7億円の権利収入ってスゴイよね」

中金からのそんな誘いで横浜まで来た。会場の前で待ち合わせしたのだが会場前はすでに長蛇の列ができていて、見た感じ成功者とは言えない雰囲気の老若男女ばかりだった。おそらく自分と同じようにこのドリームロードビジネスに人生の勝機を感じて並んでいるのかも知れない。

「あ!いたいた!フミヒロ!」

後ろから聞こえたのは中金の声だった。3人の友達らしき男女と一緒にこちらに向かって歩いている。

「紹介するね。彼がさっき言ってた若竹文洋、ワカタケフミヒロね。良子も顔なじみで昔の仕事の後輩」

「はじめまして」

「で、こちらが川越、俺の同級生。文洋と同じ時期にドリームロードのマーケティングを聞いたんだ、で、まあ、とりあえず参加してみるって。文洋と同じ感じだね」

目の前の川越と言う男はマオタイスーツに身を包みホストかチンピラか、しかし中金の同級生だからそんな年齢でもないがクールな良い男だ。

「それで、こっちが太田ちゃん、太田ちゃんは良子の同級生の友達の仕事の後輩、、、だったよね?」

「はい。太田チコです。よろしくお願いします」

太田は目がくりっと丸く茶色い髪が肩まで伸びた女性だった。

「そして、六角。六角は良子が昔働いてた会社の後輩の、、、えーっと、後輩のいとこで、そこの家族の、、、誰かの仕事先の男の嫁の妹の旦那!だっけ?」

「まあそんなとこです」

六角は細身の男で後で知ったが自分と同じ年齢だった。目つきは悪いが然程気にするほどでもない感じだ。

「あれだよ、こうやってネットワークが広がって、もともと知らない人ともビジネスを一緒にできるのがスゴイところなんだ」

「なるほど。あの、皆さんは中金さんが話してた、リーダーステータスの方々ですか?」

「違う違う。文洋と同じでこの前、ドリームロードビジネスを始めたばかりでネットワークの人数も10人くらいだよ」

「へぇー」

「さあ、会場に行こう。スピーチが始まる。今日の島津クラウンアンバサダーのスピーチはヒントになると思うよ」

「クラウンアンバサダーって、そんな人が主催者なんですか?」

「まあ、島津クラウンアンバサダーは年に2回くらい大きい会場でスピーチして、小さい会場でもやってるんだ。前に話した協力してくれる成功者って感じかな」

「へぇー」

会場に入ると以前聞いたマーケティングプランの説明がされていた。

「あれが島津クラウンアンバサダーですか?」

小声で中金に問いかけた。

「いや、あれは大宰府エグゼクティブステータス。あとで紹介するよ」

その大宰府エグゼクティブステータスの説明は中金と似た感じでユーモアを取り入れながら話すもイマイチ受けない感じのキャラのようだ。受けなかったネタを説明してしまう締まりの悪さと受けたネタを何度も言ってしまうナンセンスを持っいたが、一度聞いた説明の2度目は理解しやすかった。

「もし貴方の思ったビジネスと違っていたらやめれば良い。扱ってる製品が消耗品なので無くなったものはダメですが残量があるなら全額お返しします。なので経済面も安全です。そして友人や知人に伝えていくので健全な仕事じなきゃ伝えられない。健全な仕事なのは間違いない。その証拠にドリームロードは世界50カ国に広がり国連からも環境推薦製品として認められていてアメリカやヨーロッパでドリームロードと言えばビジネスチャンスと多くの人が認識してます。なぜそんな素晴らしいビジネスチャンスを貴方が知らなかったのか?そこを考えても仕方がない。貴方は今、そのチャンス手に入れて頑張る意味を持ったのでしょう。夢を叶えるチャンスです」

若竹がまた小声で中金に話しかけた。

「全額お返ししますってどう言うことですか?」

「あれ?言ってなかったっけ?100%現金返金システム」

「はい。初めて聞きます」

「ドリームロードから購入して洗剤とか消耗品をイマイチだと感じたら、少しだけでも残ってたら全額返金するシステムのこと」

「へぇ、、、、それは確かに安心」

太宰府エグゼクティブステータスの説明は終わり拍手とともに壇上から降りていった。大宰府エグゼクティブステータスは9人のリーダーステータスを持ち年収は3000万円以上と言うことらしい。少し太った身体にはスリムスーツがあまり似合わないがおそらくどこかの高級ブランドであることを見てとるのは誰にも容易だった。

その説明の後、何人かの成功者らしき男女が順番にスピーチを終え主役の島津クラウンアンバサダーのスピーチを聞いた。そのスピーチはとても爽快で自分の自慢をユーモアたっぷりで話すも自慢話には聞こえないセンスを持ち、若竹のような今日初めてここへ来た人に対してかける言葉も勇気と優しさが混ざり合うなんとも言えない躍動感を心地よく投げかけてくれる。

「貴方にもできる!努力すれば結果が用意されてるビジネスが他にないから貴方はここへ来たんだ。そして安全で健全!曇った気持ちはいらないんです。夢を叶えたいと思う純粋な気持ちだけあれば大丈夫。貴方も早くこのドリームロードで成功しなさい!」

そのスピーチは誰もが心を奪われるオーラのようなものがあるのかも知れない。ヤクザ映画を見た後に肩で風を切りながら映画館を出るように、会場を出たほとんどの人の顔つきが成功者のような顔つきなっていた。しかし映画を観ただけでは任侠の世界には入れない。帰り道で肩がぶつかったとチンピラから因縁をつけられれば平謝りするだろう。それが現実でこの会場を出たほとんどが早い段階で現実へ戻るのだ。一向は会場を出て横浜の夕焼けの紫外線を浴び小腹を満たすために入ったバーガーショップで値段を見ながら買い物をするときには成功者の顔つきから貧乏な本当の自分に戻っていた。

一行は駅近くのバーガーショップでコーヒーを注文し席へ着くや否や「スゴイ話でしたね」と大いに盛り上がっていた。一緒に時を過ごした川越や太田、六角、そして中金は興奮を隠すことなく次第に哲学のような話で盛り上がりを見せていた。

「だからさー、俺らにもできるってことでしょ。ビジネスって意外に単純で、アフリカの靴を履かない民族に靴を売りこむ時にどう思うか?ってことだと思うんだ。みんな靴を履かないから売れませんよって思うか、靴を履いてないから全員に売れるチャンス!って思うか、どちらかのことだと思うんだ。でもこれはアフリカに行かなくてもいいし、どこかにありそうな年功序列もない、ネットワークを作るのに年も経験も関係ない、そして、安全でしょ、そして健全なビジネスってことだよ。今日のスピーチイベントで分かったでしょ」

どこかで聞いたことのあるビジネス哲学を自慢気に話すが、このバーガーショップの机の上では説得力を持っていた。

若竹はスピーチを聞いた後に躍動する気持ちを抑え実作業が気になっていた。哲学なんかどうでも良い性格である若竹の目の前にはいつも現実があるのだ。コーヒーを飲みながら中金に尋ねたのは単純な疑問だった。

「中金さん、で、俺は何をすれば島津さんのような成功ができるんですか?初めの一歩みたいなのを教えて下さい」

「おおおおお!フミヒロ!いいね!、、、、じゃあ、いきなりは島津さんのようにはなれないから、まず100人、100人の友達や知人、家族や兄弟でも良いし、俺と文洋のような関係の仕事の人でも良いから、100人に伝えて行こう。ドリームロードの製品とマーケティングプランを100人に伝えることが初めの一歩だね」

「でも、どちらも俺は説明できないし、、、、」

「だったら、俺が手伝ってあげる」

「手伝う?」

「初めの100人は俺が説明するから、それを文洋も見ながらどう説明すれば良いかを覚えれば。俺もそうだったし」

「あ!じゃあ、お願いします」

とても美しい流れの友情だが認識が違えば答えも違う典型的なパターンだった。中金にとってはお願いされた立場と思っても当然だが、誰が誰のために何をやるかはこのネットワークビジネスにおいてはとても複雑な関係を持つ場合もあるのだ。

手伝うと言う表現は危険だったが文洋に気が付く余地はなかったのだ。

中金はエメラルドステータスと言う称号を持っている。若竹や太田、川越と六角に称号は無い。

目に見える称号が全てなのが共通ルールの中でのネットワークビジネスだ。称号は人にとってある種の強い証明になる。

極端な話で言えば王様と平民だろう。王様と平民の認識は違う。その理解は「信じるか」「信じないか」だけのシンプルなものだ。「貴方の成功が私の成功」と言う旗を掲げたドリームロードには「私の成功が貴方の成功」と言う真逆の信念は存在するのだろうか?もしそれが存在するなら「手伝う」は危険だ。

しかし、若竹にとっては今は中金を信じるしかなかった。それがどんな結末になるのかを考えても仕方がない。術を持たない者にとっては「手伝う」と言うありがたい言葉を受け入れるしかないのだ。

それから数日を終えた後、若竹は友人にドリームロードの製品とマーケティングプランを伝え始めた。友人に約束をし中金の家にその友人を連れて行き伝えていく。そのペースは目を見張る速さで一月で20人を楽に越えたのには中金自身も驚いていた。もちろん多くの友人知人にも断られた。しかし心折れることは無かった。それは物事をやり遂げたいと決めた者にしか分からない無心だった。途中はどうでも良かった。

20人の友人の納得を得たが、それはお付き合いの様な感じでメンバーになる者が多くドリームロードビジネスで一緒に成し得ようと思う者はなかなか現れなく3ヶ月を越え伝えた人数は80人を越えたが一緒に成し得ようとメンバーになった者はわずか3人だった。3人、自分を含めて4人のネットワークでは話にならなかった。がっかりする若竹に対し中金はこの健闘に安堵を浮かべていた。それも冷静に考えれば誰にでも分かる光景だ。若竹がドリームロードのプランに沿って成功を収めようが収めまいが若竹の作ったネットワークは中金のネットワークにも属する。計算上、中金の収入は少なからずとも増えるし若竹の成功への可能性は微塵のように少ないにせよ存在する。中金の全体のポイントは上がっているのだ。ゼロがゼロではなくなったことはスタートしたことに変わりはなかった。しかし若竹にとってこのドリームロードは収入よりも友人たちと自由になること選んで始めたビジネスだった。安定したリピートが出来るネットワークが欲しかった。金は必要だが金よりも自由になることを選んだ若竹の考え方は中金とは少しの温度差もあったかも知れないがこの温度差に気が付かないままだった。

「文洋、このペースで続けていけば大丈夫。今は俺が説明してるけど、もう文洋も説明できるだろうから二刀流でやれば成果も2倍になるよ」

中金の言葉は理に叶い説得力を持っていた。

その実、若竹のネガティブを打ち砕く結果が待っていた。

若竹が3人の仲間を手に入れたようにその3人も時間が経つとそれぞれ1人の仲間を手に入れていた。若竹から見れば6人のグループだ。バイバイゲームのような感じで若竹のパーティーは増えていきパーティーの人数が100人越えたのは若竹がドリームロードに登録してから6ヶ月目のことだった。

その裏腹に若竹の収入増えずその時、人数ではないことに気が付いた。結局のところ、人数よりもドリームロードから買い物をした後に付属するポイントが重要なのだ。製品をリピートしてくれる人がいなければ意味を持たない。いちいち説明を繰り返さなければ購入しないグループを作ることは権利収入には繋がらない。何も言わずとも製品をリピートすることが権利収入へつながるのだ。ドリームロード製品のファンを作ることが最優先だ。しかし人は製品だけで人は動かないことを知ったのもこの時だった。ビジネスとしての最終目標は金だ。しかし若竹の最終目標は自由だ。この合間見えそうで合間見えない関係がもどかしい。

金を目標にした方が早いかも知れない、、、、、そんな気持ちが沸き起こった。ドリームロードビジネスの金を生む木はマーケティングプラン。マーケティングプランのファンを作りそれを分かってもらった方が早いかも知れない。

製品のファンは今はいらない。金のなる木マーケティングプランのファンを作ることが若竹の判断だった。

若竹が「これで俺らは自由になれるんだ。夢があればそれをやって、金がいるなら金も手に入る。金があればなんとかなる」と口癖になった若竹に対し古くからの友人の見方は変わった。

スタートして6ヶ月で自由と金をイコールにして若竹のドリームロードビジネスは続いていく。

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この物語は筆者が経験したことを基に描いたフィクションです。

I can not doing/俺には出来ない 4/14に続く