[ノベル] I can not doing /俺には出来ないよ 8/14「正義の居場所」

若竹が100万ポイントを稼ぐために自分が伝えたいことを伝えずに売りまくって喜んだのは中金だったのは言うまでもない。権利収入を得るために作られたドリームロードビジネスは中金にとってはマーケティングプランの示す通りポイントが自動的に上がってくる権利収入ビジネスとなっていたが、若竹は昼の労働収入と仕事が終わってから始まるイカサマから逃げるための権利収入ごっこが強いられられた。もし自分が今ドリームロードビジネスを辞めれば若竹が提案された中金からのイカサマビジネスを自分のグループの中の誰かに渡してしまうような恐怖があった。誰かの権利収入は誰かの嘘の上に成り立ち、何のためにこのネットワークビジネスを選んだのかさえ分からないようになるのではないかと感じるようになった。ネットワークを作った自分を責めることもできず恐怖から逃げることもできない日々が続いていた。

そんな時、中金がスピーチをするからグループを集めてほしいと言う連絡があった。

「俺がスピーチするんだ。小さい会場だけど、大宰府エグゼクティブステータスの主催でゲストに選ばれちゃってさ」

「はあ、、、、」

「文洋、、、、このスピーチは絶対に聞きにくるようにインフォメーションしなきゃダメだよ。自分で言うのもあれなんだけど、文洋のグループが未来になるべきピンレベルが俺や大宰府さんなんだから、自分の未来を観に来なきゃ」

いったいどれが本当の中金なのか分からない。自分は未来に中金のような成功者なりたいのだろうか。太田チコが自腹で70万円を購入したことも最終決定は太田だろう。自分で決めたことと言えばその通りなのだが、そこに至るまで一人の女性が100万ポイントを集めるために自分で70万円を出すだろうか。中金は太田が70万円の購入予定をを知らなかったのか、中金が誘導して70万円の購入を選ばせたのではないだろうか、70万円を自腹で出して太田の得たものは何だったのだろうか、ピンバッチと盾、そして大宰府エグゼクティブステータスのオフィスでの祝福を70万円で買っただけではないだろうか。それ以上に自分のグループに同じ提案が既にされていて金額の大小に関わらず同じ無意味な提案が充満しているのではないだろうか。そんなことが頭を過ぎる。

「、、、文洋、聞いてる?俺のスピーチを聞けば文洋のネットワークもドカーンと盛り上がるから」

「はあ、、、、、インフォメーションは回しておきます」

「頼むよ。大宰府さん主催のミーティングだけど中金グループで盛り上げたいんだ」

「はい、、、分かりました」

「じゃあ、文洋のグループ用に20枚チケットはキープしておくから。チケット代は2000円だからお金は当日で良いよ。俺が立て替えて大宰府さんに払っておくから」

「え?まだ何人くるか分からないんで、キープは良いですよ」

「このミーティングは重要なミーティングだよ。文洋が20人くらい入れないと。目標を始めに決めてそれに向かうのがドリームロードの精神だよ」

「いや、でも、、、」

「ソールドアウトするからキープしとかなきゃダメだって。もし文洋のグループから30人が行くって言ったらチケット無いよ。電車賃も無駄になるし時間を無駄になる。チケットが無かったらインフォを回した信用も無くなるでしょ」

「、、、、、、まあ、そりゃそうですけど、、、、、、、」

若竹はグループにインフォメーションを流すのが嫌だった。中金の誘いがあればあるほど自分の財布から金がなくなる。チケット代、電車賃、そして太宰府エグゼクティブステータスのオフィスで行われるミーティングの参加料、その後のアフター代金。稼いだ金があっという間に消えていく。そんなことよりも、既に中金に信頼を置いていない。言うこととやることが自分や他のグループのためと言うよりか中金自身の見栄のために使われてる気がしてならない。大宰府エグゼクティブステータスに「中金グループのチケット、100枚キープでお願いします」と言えば大宰府も嬉しいだろうし、中金自身も箔がつく。

それに以前から気になっていた中金が言っている作り終えた3つのリーダーステータスの人間に未だに会えていない。中金の家にはエメラルドステータスのピンバッチと盾があるからその実績はおそらく本当なのだろう。大宰府と中金が同じミーティングをするのだからそこには疑うものも無い。しかし中金の言葉と行動と実の中身が全くドリームロードビジネスのマーケティングプランとはかけ離れているこの歪な感じはなんなんだろうか。

大宰府エグゼクティブステータス主催のミーティングはドリームロード日本本社がある渋谷の本社ビル3階のキャパが100人程度の一室で行われた。

「どうも皆さん、ドリームロードビジネスは上手くいってますか?今日は皆さんご存知の中金吉夫エメラルドステータスが来季にダイヤモンドステータスにチャレンジ中と言うことでゲストでスピーチしてくれます。スピーチの中からたくさんのヒントをもらって帰ったくださいね」

大宰府エグゼクティブステータスの挨拶とスピーチが約40分続き、メインゲストの中金が後ろの席にスーツ姿で出番を待っていた。

「じゃあ、僕の話はこれくらいで、、、、僕が紹介しようかな。僕のネットワークは今9つのラインのリーダーステータスがあります。その一つが中金くんのラインなんですが、今、彼は、3ラインのリーダーステータスを持つエメラルドステータスです。それが来期、さらに3つを増やし、ダイヤモンドステータスに成る!と決めてるそうです。ダイヤモンドステータスからは生活が一気に豪華なりますね。僕も実は来季にトリプルステータスにチャレンジしたいと思ってます。ではでは、紹介します、中金エメラルド、、、中金次期ダイヤモンドステータスです。どうぞ!」

横浜で見たままの人だった。どこかの安いテレビ番組のような喋り方をするのは以前見たときと変わらなかった。あまり好きな感じではないが見方を変えればどんな人でもドリームロードビジネスで成功できると言うことなのだろう。

「どうも、中金です。今日は呼んでいただいてありがとうございます」

中金のスピーチが始まった。聞けば聞くほど自分のことが嫌になっていく。

「まずこのビジネスで大切なのは健全であると言うことです。例えばこの会場の全員が桜で貴方一人を騙していたら、、、まあ、ある意味ではスゴイですが、そんなことをやっても意味がありません。一人一人が健全な仕事をしていると自覚することですね。そして、努力すること。これは権利収入とは少しかけ離れて聞こえるかも知れませんが何事も基盤みたいなものは自分で作るしかありません。僕も初めは努力しかしていません。お陰で今はほぼ何もしなくても1000万円くらいの収入で暮らしています。今は嫁の実家で母親の看病をしながら暮らしてますが、その前は家賃25万円のマンションに住んでました。実家は良いですねー、家賃がない!そして前に使ってた冷蔵庫や洗濯機はオークションで売って金に変えることができる」

最後の部分は会場が笑いに包まれた。年収1000万円の男が家賃や日銭をを稼ぐなんて有り得ないことを言うジョークが受けたのだろう。しかし若竹だけはそうではなかった。ありそうな話に聴こえているのだ。

「で、皆さんにこれだけは伝えたいのですが、ネットワークが出来なくても諦めないことです。それと必ずリーダーステータスになると自分で自分に約束をするんです。ポイントは、まあ、極端な話、買えばポイントになりますが、それでは意味が無い。100万円を買い続けることなんて僕には無理です。貴方の大切な人にドリームロードビジネスを伝えた時に、100万円を買い続ける仕事だと思われたら誰もやらないでしょ。これはネットワークビジネスでチームで集める仕事なんです。そうですねー、人によって違うのですが、僕の場合、ドリームロードから月に5万円くらい買ってます。洗剤やサプリメント、嫁の化粧品、そんなのを合わせると5万円くらい。夫婦なんで使うものが違いますけど、だいたいそれくらいが限度ですね。あ!買おうと思えば100万円くらいは買えますよ。年収1000万円の権利収入なんで10ヶ月は買えます。でも意味ないでしょ」

太田のことが頭を過ぎり3つ向こうのテーブルにいた太田チコの方を見た。不穏な顔つきではなく笑顔で中金の話を聞いていたので安堵を覚えた。中金のスピーチが終わりミーティングは閉幕した。


会場を後にする若竹は一緒に来ていた新規の登録者10人とエレベーターに乗った。その中の一人は若竹の同級生で古い友人だ。その男が若竹に尋ねた。

「若竹、、、あの最後にスピーチした人が若竹にドリームロードを伝えた人?」

「うん。中金さんって言うんだ。どうした?」

「、、、、、なんか暗い人だな。暗いって言うか作った明るさって感じ。裏がありそうな匂いがしたよ、あの人」

「、、、、、、」

「どうした?」

「いや、裏なんて無いよ。それよりドリームロードビジネスをやる気になった?」

「俺は遠慮しておく。あの中金って人と付き合いたくない」

「、、、、、そうか」

「でも心配するなって。お前と友達だってことは変わらないし、応援もしてる。成功者になったら金借りにいくよ。いや、お前が成功者ってなったら俺もドリームロードビジネスやるよ。その時は教えてくれよ」

「、、、、、もちろん」

古い友人からの優しい言葉に救われたような気がした。「教えてくれよ」と言う言葉に思わず胸が熱くなりそうだった。悔しさと嬉しさが入り混じるエレベーターの中であった。


今回のミーティングでのスピーチがどうだったのかは知らないが、10人連れてきたその友人10人の中でドリームロードビジネスをやりたいと言う者はいなかった。

「俺は、今からアフターがあるからここで」

本社の正面エントランスで別れたあと会場に戻るエレベーターを待っていた。その少し向こうで太田が3人の女性と話していた。太田もアフターに参加する予定なのを知っていたし、新しい登録者だったらフォローをしようと余計な親切心で近づいていった。

「チコちゃん」

「あ、若竹さん」

「グループの人?」

「いえ、今日初めてドリームロードを伝えて連れて来たんだです」

「へぇぇ、どうだった?」

3人の女性は口籠る様子で答えに困っていた。

「いえ、、、あの、、、私は、ちょっと遠慮しようかと」

「私も、、、、ちょっと、、、、」

「私も、、、、」

「なんで?だって、成功した人見たじゃん!」

太田が口を挟み熱を持ってせり出した。

「貴女のためになるって!一緒に夢を叶えようよ!」

若竹は太田のせり出した言葉に嘘を感じずにはいられなかった。この3人の女性が太田とどう言う関係なのか分からないが、これ以上、太田の熱い想いをぶつけるのは逆効果だと感じ太田を制した。

「チコちゃん、ここ他の人もいるし、この話は後で電話でしたら?ね、後で電話で良いから断る理由も聞かせてあげてよ。そしてらチコちゃんも納得できるし、このまま熱い話してもお互いが熱くなるだけだから、そうしなよ」

3人の女性は後で電話を受けると快諾してくれたが、太田はなぜ止めるのかと怪訝な顔つきだった。

「じゃあ、行こう。俺たちアフターがあるんだ。今日スピーチした大宰府さんと中金さん食事する予定なのよ。どこに食べに行ったかもあとで聞くと食事の参考なるかもよ」

その言葉をあとに若竹と太田はエレベーターを待っていた。地上30階のビルにエレベーターは6機付いているが今日はミーティングが多いせいかなかなか降りて来ない。

「、、、、若竹さん、、、なんで私の友達に私が熱い想いを言っちゃダメなんですか、、、、」

「、、、いや、そう言う意味じゃないんだ」

「じゃ、どう言う意味?」

これは嫌われるパターンだと直感したが言わずにはいられなかった。

「チコちゃん、貴女のためだから!って言ってたけど、あれ、本当?」

「本当ですよ!」

「、、、、、じゃあ、チコちゃんが登録を解約してあの人たちが新規の登録をしてチコちゃんがそのグループに入れば良い」

「、、、、そんなことしたら私の努力が、、、、」

「貴女のためなんて嘘だよ。俺らは自分のために自分でネットワークを作ってるんだ。チコちゃんが70万円分の購入をしてファーストステータスを達成したことは誰にも言ってないけど、もしあの人にチコちゃんがそれを望んでたら、ドリームロードビジネスのマーケティングプランとは違うよ。ルール上、ピンバッチの称号は貰えても、その収入は意味がないことくらい分かるでしょ。あの友達にあげたいのはピンバッチそれとも権利収入?」

「、、、、それは、、、、でも、、、、でも、、中金さんはチコのためになるからって」

「中金さんはチコのためになる?って、、、、、どういう意味?、、、チコちゃん、、、」

「え?、、、、いや違うの、、、、」

「何が違うの?」

「だって、、、中金さんが、、、って言うよりも、ファーストステータスにもなれないなんて、友達に伝えたって説得力ないでしょ」

「、、、、、、、、」

それ以上、聞きはしないし太田も言いたくないだろう。太田がもし若竹の想像する答えを持っているなら若竹は返す言葉がない。

ネットワークビジネスにおいて言葉では説明不可能な部分も多いと言うのは嘘だ。誰かが数学や心理学、そして製品能力の高さへの飽くなき追求、人の持つやる気を信じる気持ち、そんなようなものを兼ね備え説明しなければネットワークビジネスは始まらない。世界中にあるネットワークビジネスは言葉で説明できるのが本当だ。もし言葉で説明できない部分があれば若竹や太田の持つ闇だろう。その闇を堂々と言う馬鹿はいない。闇を表に向かった2人はエレベーターへ乗り込んだ。幸か不幸かエレベーターには2人だけだった。

「それに、、、それに、ダイヤモンドステータスを達成したら年収3000万円くらいですよ。例えば、例えば、私が3000万円でさっきの人たちが2500万円でも良いと思うんです」

「、、、、、、それは、それだけもらってるんだから文句を言うな!ってことでしょ?、、、、、同じ結果、、、、同じ3000万円の収入には絶対にならないのを気付いてるでしょ」

「そう言う意味じゃないですけど、、、、そんなこと言ったら誰もやらねいし、、、、なんで、そんなこと、、、、そんなことを言うんでうすか、、、、、、」

「、、、、、、、俺は自分のためにネットワークビジネスをやってる。それにあの人の言うことは、、、、中金さんの言うことはあまり鵜呑みににしない方が良いよ」

「、、、、、、若竹さん、、、中金さんと何かあったんですか?」

「、、、、、、いや何もない」

「、、、、、、、、、、」

「とにかく、自分の思う正しいビジネスをやるんだったら、俺も中金さんも他の誰も関係ないんだ。チコちゃんはチコちゃんの正しさだけをやった方がいい」

少々重くなった空気を軽くする方法は場所を変えるのは手っ取り早い。エレベーターから出た時にはもう今の話は無しだ。

「いやぁぁ、、、、、、、俺、今日、頑張って10人も連れて来たのに、一人もドリームロードビジネスに興味がないんだって!まいったよー」

「、、、、、、私も3人連れきたんですけど、結果ゼロでした」

「あれだねー、なんか俺らには足りないんだろーねー」

「足りないもの?」

「なんだろ?」

「、、、、笑顔?」

「笑顔だな!」

笑っていた2人だが目の色は笑っていなかった。

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この物語は筆者が経験したことを基に描いたフィクションです。

I can not doing /俺にはできない 9/14へ続く