[ノベル] I can not doing / 俺には出来ないよ 9/14「権利収入の意味」
大宰府のグループの人がこのミーティングに連れてきた人数は100人くらいだった。それに加え若竹が10人、太田が3人、六角は自分1人、川越も1人、チケットはソールドアウトしているようだが、明らかに数字が歪だ。
大宰府エグゼクティブステータスは9ラインのネットワークを基準にするなら、9ラインを持つ男が100人の動員で3ラインを持つ男がまだ100万ポイントを越えていない人間たちで20人の動員と言うのはなぜか不自然な感じだった。すでに3ラインがリーダーステータスになっていたとしてもここにいる4人と連れてきた合計20人では次期ダイヤモンドステータスであるべき6ラインの数に合わないような気がしたのだ。ネットワークビジネスは人数ではないと言われればそれまでだが、太宰府エグゼクティブステータス(100万ポイントを越えるネットワークが9ライン)と中金エメラルドステータス(100万ポイントを越えるネットワークが3ライン)のどちらかを基準にするなら、太宰府基準の場合、100人動員に対し中金は33人以上の動員があるべきだ。中金基準の場合、15人動員に対し太宰府は45人以上の動員がある。後者はクリアしているが前者は基準にも満たない。しかも今回の会場にはエメラルドステータスのリーダーの3ラインであるべき人の姿は1人もいない。この疑問は愚問なのだろうか。
しかし、そんな疑問を突き詰める必要はなかった。なぜなら若竹にとって今最大の目標は中金無しのドリームロードビジネスの構築だからだ。
どんな仕事にしろ数字と言うものは参考になる。
若竹のネットワークはビジネスタイプ数人と消費者タイプの300人未満でなんとか平均ポイント80万ポイントをキープしているがいったい何百人いれば100万ポイントがキープできるのだろうか。
そこがクリアすべき第一段階の数字だ。
大宰府のグループの人にグループの人数を聞いてみた。
「あの、大宰府さんのリーダーステータスの1ラインは何人くらいなんですか?」
「えー?それは人によるけど、私は500人くらいかな」
「え?多いね!俺なんて300人だよ」
「そんなもんだよ、僕の、、、あ、はじめまして。僕は大宰府さんの1ラインで中金さんと同じエメラルドステータスのレベルなんだけど、僕の3ラインは2000人くらいだよ。その中の一番多いのが600人、一番少ないのが100人だし」
気になることを言ってくれたこの男に更に質問を浴びせる。
「あの、その一番少ない100人のネットワークって、100万ポイントから落ちないんですか?」
「落ちるよ。落ちても良いんじゃない?1年のうちで3回だけ100万ポイントを越えればエメラルドステータスってことなんだから。安定していけば良いけど、それは僕の仕事じゃないしね。基本的には自分から始まったネットワークが100万ポイントを越えたらそこからは各自のやる気と言うか、仕事が変わってくるよね」
「え?ちょっと待って下さい。と言うことは例えば中金さんは100万ポイントかける3ラインを持続させてないっこともあるんですか?」
「それは他人のことだから何とも言えないけど、君が100万ポイントを越えているなら君のラインもエメラルドステータスの1ラインかも知れないよね、、、、それに100万ポイントだっていつまで経っても安定しないラインならやっぱり他のラインを作ることにしようと思うんじゃないかな」
「、、、、、、なるほど」
「ところで君はリーダーステータスの若竹くん?」
「はい」
「すごいって大宰府さんから聞いてたよ。今季で12ヶ月連続を狙ってるの?」
「、、、、ええ、まあ、、、」
「それは絶対に達成するべきだよ」
「、、、、連続のその意味は?」
「それはファーストボーナスを12ヶ月間得れるって言うのと安定だね。安定しないネットワークは意味がないでしょ」
そんな会話をしていると大宰府と中金がやってきてアフターを兼ねて食事に行こうと手招きした。
食事は本社の近くに東南アジア風のレストランだった。パクチーなどの香辛料が苦手な若竹は食事はせずビールだけを注文した。
「、、、、、ビール一杯800円かよ」
値段を見て恐る恐るグラスに口を付けゆっくり喉を湿らせた。
「あ!そうだ、文洋、あとチコ、良いもの見せてあげようか」
「なんですか?」
カバン中から出したのは封筒だった。その中身は3万円。
その封筒がパッと数えるだけど10か12か、それくらいの封筒が出てきた。
「これ、なんのお金だか分かる?」
「え?、、、なんか特別なお金ですか?」
「これはスピーチのギャラね」
「ギャラ?」
「今日のスピーチは3万円のギャラ。今月、スピーチの依頼が多くてカバンから出すの忘れてたんだ」
エメラルドステータスは3ラインのリーダーステータスを持つのでギャラは3万円。ダイヤモンドステータスは6ラインで6万円。エグゼクティブステータスは9本以上なので9万円。エメラルドステータス以上のライン数を1ライン1万円でギャラにしているようだ。
「今日は昼間もスピーチしたから合計すると6万円のギャラ。もちろん交通費は主催者持ちだよ」
これを聞いて若竹は中金の謎が少し解けたような気がした。
実家で暮らしている中金に家賃は無いだろう。母親の治療費も多くは保険でまかなえているかもしれない。中金には嫁がいる。2人である程度のピンレベルを持てば別々の場所でスピーチをすればダブルインカムだ。別々に月に10日スピーチをしたら夫婦で60万円の収入だ。それに加えドリームロードからの収入が悲惨なものだったとしても合わせれば最低でも60万円以上はいくだろう。その収入で夫婦2人くらいなら暮らせるだろう。
若竹はその紙幣を見てガッカリした。その中の4万円は自分が頼んでもいないのにキープされた今回のチケット代金だと思うと尚更心は空っぽになっていく。スピーチのギャラが欲しくて始めたわけではないのにその可能性もあるやもと思うと心は荒む。中金の成功は一体なんなんだろうか。そこが知りたいが言うべきタイミングではないのだろう。そこをハッキリ聞くなら常識人の仮面は外し「通帳を見せてくれ!」と言うべきだろうが、そんなことを言える人間はいない。
アフターを終え帰路に着く電車に乗りアパートの最寄り駅から暗い路地を近道したところで中金から電話が入った。
「文洋?今日のスピーチ、どうだった?」
「あ、良かったんじゃないですか」
「なに、なに、その反応!やる気になったでしょ」
「、、、、ええ、まあ、、」
「今日、10人くらい連れてきてたけど、どうだった?」
「どうだったと言うと?」
「いや、10人いれば1人くらいはドリームロードやってみたい!って言う人が現れるかもと思ってさ」
「、、、、、、」
「ああああ、いなかったんだ。残念だったけど、また次回もあるよ。感想とか聞いた?」
「スピーチのですか?」
「いや、ドリームロードビジネスの感想」
話をしていると徐々に腹が立ってきて中金に言い放った。
「暗いって」
「暗い?」
「中金さんのスピーチを聞いて感想を聞いたら、中金さんの雰囲気が暗いって。何か裏がある人に見えたそうですよ。その通りなんで、言い返せなかったですけどね」
「、、、、、、そこは言い返さなきゃ」
「言い返せるわけないでしょ、本当のことを友達に言い当てられたんです。ドリームロードビジネスがあってもなくても友達なんですよ。こう言っちゃあれですけど、ドリームロードビジネスが無ければ中金さんと付き合うこともなかったけど、そいつはそれに関係なく友達なんですよ。嘘は言えないでしょ、嘘を言わない代わりに言い返さなかったんですよ」
「、、、文洋、なにに怒ってるか知らないけど、演技も必要だよ、ドリームロードビジネスはチャンスだけど仕事だから。仕事先で嫌なことがあっても笑ってることあるでしょ。あれも演技で、嘘とは言わないよね」
「、、、、、その勝手な言い草はもういらないですって。演技するならドリームロードビジネス以外でやりますよ。夢を叶えれる仕事なんですよね?権利収入なんですよね?俺の成功が中金さんの成功なんですよね?俺は権利収入どころか、あんたに利用されてるだけじゃないんですか?」
「、、、文洋、まあ、今、怒ってるようだから許すけど、あんたってのはマズイなぁ。それに利用なんかしてないよ。決定してるのは文洋でしょ。俺はアドバイスをしてるだけで、その実績が自分の意にそぐわないからって怒りを俺にぶつけられても俺は困るよ」
「、、、、、中金さんのことを作られた明るさだって言った友達の方が直感力はあると思いますよ。中金さんは金で自分の収入を操作したんだ。初めに教えてもらった健全なビジネスなんかじゃない!イカサマだろ!」
「おいおい!イカサマをしたのは文洋、お前だろ。俺は文洋にお金を貸して文洋が注文してポイントを稼いだんだ。どこが俺のイカサマなんだよ。それに、なんかさ、初心者の夢見る感じの仕事みたいに言わないで欲しいんだ。ドリームロードはネトワークビジネスで、ビジネスなんだよ、、、分かるよね?」
この時、若竹は初めて最初から今までのストーリーが繋がった。主犯と実行犯は全く違う。証拠になるようなものも何も無い。仮に証拠あったとしても実際にポイントを稼いだのは若竹本人だ。知らぬ者が見れば見苦しい言い逃れをしているのは若竹になるだろう。
普通の仕事ならここで退社か辞職をするのだろうが、ドリームロードビジネスのようなネットワークビジネスではそうはいかない理由がいくつかある。
一つは夢を叶えるチャンスを手放す勇気が無かった。そして若竹が招き入れた300人になるネットワークへの責任が若竹には最低限の責任がある。責任を放棄することも出来るが性格が邪魔をする。もし自分が去れば300人の中から次の労働者が選ばれる。まるで夢を人質に取られた誘拐事件のようだ。
「、、、、、もう、今日はいいや、怒りが冷めたら、連絡して」
中金はそう言い残すと電話を切った。電話切れてから若竹はどう自分のことを整理すれば良いか分からないまま数日を過ごした。
昼の仕事を休むことが多くなっていたこの時期に立川塗装の立川社長から首が電話で宣告された。
「はい。すみません。今までお世話になりました」
「文洋、声が暗いけど、首は、、、俺も一応社長だから、元請けとかお客さんの手前もあるから、分かってくれな」
「、、、、いえ、俺が悪いんですから社長には本当、すみません」
「お前、中金となんかあったのか?」
「え?」
「いや、兄さんとこに中金から電話があったらしくて、文洋が頑張って成功に近づいてるからって大はしゃぎで電話してきたらしいんだよ。まあ、結局は兄さんにマルチ商法の話を聞けって言う電話だったんだけどな」
「あ、、、、あの、お兄さんに、その、、、マルチ商法は聞かない方が良いって言っておいてください」
「お前、やっぱ、騙されたのか?」
「、、、、、いえ、、、騙されてはいないんですが、、、、、嫌な思いをするかもと、、、、」
「、、、まあ、分かった。首にしといて言うのもあれなんだけど、お客さんの手前、首だけど、3ヶ月くらいしたら電話して来い。反省して出戻りだって言えば元請けも嫌な顔しないだろうから。まあ、お前、仕事はできるからな」
「、、、、、ありがとうございます」
立川の立場からすれば当然だろう。自分本位な従業員を許すわけにはいかない。立川は小さいながらも会社を守らなければいけないのだ。
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この物語は筆者が経験したことを基に描いたフィクションです。
I can not doing /俺にはできないよ10/14へ続く