[ノベル] I can not doing / 俺には出来ないよ14/14最終回「人形から人間へ」

620日 午前10:00 有楽町 朝日ホール

開場は13:00だと言うのにすでに長蛇の列が出来ていた。少しでも前の席で新しい達成者を見ようと言う者が我先に列に加わる。初めて行った横浜の会場を思い出した。

若竹のグループの人はわずか3人だけが列に並んでいた。列に並んでいる3人を人形は見つけたが声もかけない。人形はこんな時の発声を教えてもらっていなかった。


泥舟に乗ってしまった自分とその仲間、沈没するときに船長である中金は誰の命を優先するだろうか。

死に行く列に並ぶ心境とはこんな感じなのだろうか。思うことを口に出さない、口に出せないのが人形の良いところだ。空っぽの心の若竹の方が今日は都合がいいかも知れない。

人形は言われた通りの時間に言われた通りの列に並び、言われた通り祝福の動作をするために会場に入った。


開場され達成イベントはスタートした。1000人の席は埋まり立見も出ていた。

太田チコのゲストスピーチからその幕は切って落とされた。会場の隅に立っている人形の出番はまだだ。ただただ立っている。

「頑張る人が報われるこのドリームロードビジネスは最高です!私も中金さんの背中を見て走っています。いつか中金さんのような成功者になります!今日は中金さん、おめでとうございます!」

太田チコのスピーチにも割れんばかりの拍手が贈られた。

達成イベントも終焉間近になりスクリーンには中金夫妻のメモリーが映し出され会場の雰囲気は祝福と感動で最高潮を迎えていた。

割れんばかりの拍手の渦の中、主役である中金吉夫と良子は壇上に登場するや拍手はさらに鳴り止むことを知らなかった。

中金の呼びかけで6人のリーダーステータスが紹介され、人形も壇上に招かれた。人形は覚え書きにあるがままスーツを着こなし壇上の若竹夫妻を祝福した。

「やるしかないと決めたら、、、、、もうこの成功するまでの時間を何とかするしかなくて、、、、ありがとうございます。おめでとうございます」

人形が頑張って口を開いたのだが、人形に言葉を発するのは無理な話なのだろう。かろうじて知っていた「ありがとう」と「おめでとう」だけが精一杯だった。


壇上に6人のリーダーステータスが並ぶとドリームロードビジネスと言うネットワークビジネスの成功が誰の目にも分かりやすいだろう。

目の前のものだけを信頼してこの会場に1000人をも越える人が集まったのだ。

「おめでとー!」

「中金さん、おめでとうございます!」

「成功を見せてくれて、ありがとう!」

歓声に包まれた会場は祝福と言う言葉がピッタリな空気で溢れかえった。


「僕がこのダイヤモンドステータスになれたのもアップラインである太宰府幸也エグゼクティブステータスがフォローしてくれたことと、、、、友人たちがネットワークを頑張って作ってくれたからです、、、、そしてこのドリームロードに出会ったこと、、、ここにいる皆さんもドリームロードと言う素晴らしいビジネスに出会った、貴方の人生を変えるチャンスです!貴方にもできる!次は貴方が夢を叶える番です!、、、、誰にも平等でそして健全なビジネスチャンス!貴方にもできる!ありがとうございました!」


ニューダイヤモンドステータスになった中金吉夫の涙ながらの最期の挨拶で達成イベントが終わりを告げた。立ち見まで出ている会場からは割れんばかりの拍手がこだました。

閉演と共に足早に会場を出た人形は有楽町の町を見ることなく家に帰った。

帰路の途中、思うことは何も無い。何も思わない時間を電車の中で過ごしそして最寄駅から家まで何も思わずに歩いた。

部屋の扉を開け、スーツを脱ぎテレビを付け台所でお湯を沸かしカップラーメンに注ぐ。

そこに電話が鳴る。


「もしもし、、、、」

人形が声を発した相手は立川社長だった。

「おう!元気か!明日、暇なら手伝いに来い!忙しくてさ、、、手が足りないんだ」

「、、、、、はい」

「大丈夫か?具合悪かったら、、、」

「いえ、大丈夫です」

「、、、、じゃあ、明日の朝、迎えに行くから、、、6時な」

「、、、、、はい」

人形はプログラムされた時間に朝早く起き、立川社長の車に乗り込み虚ろな目のまま現場に着いた。タバコとコーヒー、現場の独特の空気に触れると少しだけ生命感を肌が取り戻していった。仕事をこなすうちに指先まで気持ちが行き渡り人形はお昼を迎えるその前までに少しづつ若竹文洋に戻っていった。

「社長ー!次は何をすれば?」

「お前、早いって。ちょっとゆっくり仕事やれよ」

「良いんですって。これくらいがちょうど良いですよ。あれですねー、働くことは良いことですねー」

「何言ってんだ、お前。マルチ商法やってバカになったか?、、、、、あ、ごめん、元々、バカだったな」

「俺は素直なバカですから、マルチ野郎はタダの馬鹿ですって」

「訳わかんねーこと言ってねーで、材料持ってこいよ!」

「はい!」

お昼休みに早々に食事を済ませ社長は昼寝をしている。若竹は青い空を見ながらタバコをふかし久しぶりに気持ちの良い1日を過ごしていた。

そんな時に電話が鳴った。

その音に立川は目を覚まし耳を傾けていたが片目をつむったままタヌキになっていた。


電話の相手は中金だった。

「達成イベントはお疲れ様。帰りに文洋、アフターもいなかったから心配しちゃったよ。仕事、昼休み?」

「、、、、、、」

「でさ、今日の夜にスゴく良いミーティングがあるんだけど、時間ある?」

「、、、、、行かねーよ」

「え?」

「だから、行かねーって」

「、、、、、なんか怒ってる?」

「お前さ、俺に謝るのが先だろ」

「、、、、お前って誰に言ってんの?」

「お前だよ」

「、、、、、、まあ、いいや、俺が何を謝るのかな?」

「なめんなよ、お前、イカサマインチキ商売を人に唱いやがって、てめえ、、、、」

「、、、、、、ああああ、でもさ、誰も損して、、、、、」

「お前、馬鹿か?損とか得とかの話をしてんじゃねーよ、約束ひとつ守れ ねーくせに、唱ってんじゃねーよ、頭を泥に下げて謝りくれてから次の話だろーが」

「、、、、、文洋、、、、それは、、、、謝れば許すってこと?」

「お前の育った村は謝る方に決定権があんのか?お前の村、日本の教育受けてねーな、カス教育受けて育った奴が気安く俺の名前呼ぶんじゃねーよ、お前、俺より頭を高くして歩いてたら頭の高さキッチリ教えるからな」

「、、、、、、、」

「なんなら今から頭の高さ教えに行ってやろーかぁ?」


電話の向こうにいるのは人形ではない。若竹文洋が立っている。その迫力は中金の知っているお人形の若竹ではなかった。

しかし中金は自分が若竹の先輩であることを未だに鼻に掛ける男であり自分は成功者だと自負するのも変わりはなかった。成功者もここまで来ると滑稽だ。

「、、、、、悪かったよ、、、、、、、、、でも、俺が正しい」

「、、、、!」

若竹に戻っていた若竹にそんなものは通用しなかった。

最後の最後に存在していた糸よりも細い絆が一気に砕け散る。

ネットワークビジネスでの可能性を売りにしている者の判断としてはお粗末な言葉だ。


「二度と電話してくんな、俺の番号消しとけ、こっちも消す。それから俺の作ったネットワーク、、、、俺の仲間になめたことやったら徹底的にやりに行くからな、お前がどこにいようが徹底的にやるからな、ちゃんと覚えてろ」

「、、、、、、どう言う意味だよ?」

「日本語が分からないんだったら日本語勉強してから人間やり直せ!」

電話を切った時に立川の声が聞こえた。


「お!1時か!タバコ1本つけたら仕事だ。久しぶりの仕事でギブすんなよ」

「、、、、、、、こっちのセリフですよ」

口元を少し緩めた2人にさっきの電話はどうでも良かった。余計なことは余計なことでしかないのだろう。


一緒に汗を流していれば喧嘩もあるし仲違いだってある、嘘も付くときもあれば、ちょっとした勘違いでイザコザになることもあるが、相手の気持ちを分かろうとするのが大前提だ。それが出来ない奴とわざわざ付き合わない方が良い。

若竹がドリームロードと言うネットワークビジメスに他の友人から誘われることもあるやも知れない。しかし若竹は二度とネットワークビジネスをやらないだろう。そしてその友人を本気で止めるだろう。

それは初めて誘われ可能性を感じたネットワークビジネスが惨めで気持ち悪い仕事だったからだ。


そして中金と一生会うことも話すこともないだろう。若竹がこの人生で初めて持った「どうでもいい奴」だった。


それから8ヶ月が経ち、ドリームロードを解約することも忘れていた若竹の家にドリームロードから毎月の小冊子が送られて来ていた。

何気に開くと川越と六角はエメラルドステータスを達成し4分割の写真がページを彩り、川越はあの彼女と結婚したようで2人で笑顔で写っていた。小冊子の中の1ページに特集インタビューに、「健全なビジネスを構築するには~中金吉夫ダイヤモンド~」と載っていたが「どうでもいい」ので気にもならなかった。

ページを何気にめくっていると太田チコがエメラルドステータス達成のページに載っていたのを見つけた。

「そっかー、頑張ってるんだね、、、、、」

この数ヶ月、太田チコからの電話の着信履歴やメールが何度もあったが掛け直すことはしなかった。


それから数日後のある日、ドリームロードを解約し川越や六角の連絡先を消し、太田チコの電話番号も消した。

若竹文洋の空っぽの時間が終わりを迎えた。

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I can not doing / 俺にはできない 完。

投稿後記へ続く。