[ノベル]スパンキーサマー / 第2話 / ラスボス

=================

甲板に出るとそれは見事な料理が並んでいた。バイキング形式ではあったが、大皿に伊勢海老やレアに焼いた肉などが並び、その横に山菜を煮たような小鉢があり、子ども用なのかハンバーグや唐揚げも並んでいた。一際目を引いたのがテーブル中央に彩られた魚の煮付けと刺身だ。

「この魚は今日釣れた魚を調理したんですよ」

スタッフの女性が優しく答えてくれた。魚は出航前に漁師から買い付けたようだ。清楚な顔立ちで髪を束ねた姿がこの企画がただの冒険では無く天下の黒川物産の催し物だと言わんばりの美しさだった。

夕食の料理に皆がセンスを感じていた。中でも木崎と立原の家族はワクワクが身体中から溢れていた。

「おかずはたくさんあるんですが、ご飯は1人一杯で、パンは1人2切りだけなのがちょっと難点なんですよ。あ、でもお酒もジュースもありますから」

「いやぁ、十分ですよ」

「ええ。こんな料理、、、すごい。ねぇ、ママ」

「ほんと、美味しそう」

テーブルに3家族が着くと自己紹介が始まった。


立原の家族は父冬馬(42才)、母冬美(40才)、長男学(12才)、香織(10才)の参加だ。香織がこのツアーの最年少になる。学はまだ小学生の雰囲気の残る中学1年生だ。冬美は今は専業主婦だが菱菱銀行本社に勤めていたこともあるキャリアウーマンだった女だ。冬馬は冬美のキャリアとは縁遠いどこにでもありそうな町の定食屋の息子で今はその定食屋を継いでいる。2人が出会ったのはたまたま冬美が同僚と定食屋に通っていたところを冬馬が一目惚れして猛アタックをして今に至る。


木崎の家族は父仙太郎(38才)、長男雄太(18才)、次男圭介(15才)での参加だ。圭介は少し突っ張った感じの美味しそう男の子に見える。中学3年ともなると少年が青年になる時によくある反抗期なのかも知れない。雄太は圭介と違い出来の良い息子といった感じだ。聞けば名門高校を受験する予定らしい。仙太郎はなんと元自衛官で防衛庁にも勤めていた男だった。礼儀正しくそして厳格な雰囲気がぷんぷんしている。


氷川の家族は、父尚吾(68才)、母友恵(40才)、長男忠男(25才)、長女夏樹(21才)での参加だ。

夏樹は見た目がギャルと言った感じだったが、聞けば青山大学に通っているそうだ。口は良いとは言えないが年下の香織に親切にしているのはやはり女性と言うことなのかも知れない。長男の忠男は氷川の子会社に勤めているそうだ。氷川商事本社に務めるためのキャリアアップと言ったところだろう。絵に描いた財閥の息子らしく礼儀知らずで年上の人にもタメ口で話すあたりが人柄と言えるだろう。妻の友恵は見るからに上品な女性だった。長男の忠男の年齢が20歳と言うのでビックリしたが友恵の容姿からその事情が少し分かったが聞くのはやめた。そして仙太郎は氷川財閥の会長だ。氷川商事の事業と言えば国を代表するような事業ばかりだ。氷川グループのラスボスの仙太郎とこんなところで出会うとは夢にも思わない特別な日になった。


「食事は22:00までなのでゆっくり楽しんでください。船は22:30に再出航します。翌日朝6時に葉後島(はあとじま)に到着予定です」

「ずいぶん遠いんですね」

「まぁ、伊豆諸島のかなり西側なんで、島と言っても無人島ですし大きさも直径で3kmだとか、、、、、まぁ黒川物産の管理している島なんで島自体は景色もアドベンチャーも保証しますよ」

「楽しみです」

「今は食事を楽しみましょう」

藤岡が皆に告げると一緒の席に着いて談笑の輪に入った。

時計を見ると時間はまだ17:30だ。木崎は酒が入ると自衛隊時代の勇姿について語り出していた。

「、、、、、、と、あのNPOに参加した時に私の判断で銃を抜くのをやめたんです。私がいなかったら80年の沈黙を破る日本人の発砲になっていました、、、」

「もう!お父さん、その話はいいよ!」

長男の雄太が恥ずかしそうに割って入った。

「すみません、お父さん、防衛庁にもいたのに自衛隊の時の派遣の話が、、、、いつも、、、、」

「いや、良い話だよ、雄太くん」

氷川が木崎の話を誉めてくれたので雄太も少し落ち着いたようだ。

「そう言えば雄太くん、どこの大学を受験するんだい?」

「はい。東京大学と慶應大学、僕は福澤諭吉の話が好きなので慶應大学が良いと思っているのですが、父が東京大学に行け!って言うので、、、」

氷川が少し驚いた。自分の子供たちは青山大学に在籍していたがそれは氷川グループの息子と言う忖度もあっただろう。大きな声では言えないが息子や娘の実力で入れるほど青山大学の敷居は低くない。娘は青山大学に現在在籍中だが大学卒業後の氷川の思惑は全く期待できない。何の躊躇いもなく今日の朝初めて会ったおじさんに「東京大学」と言えるのはその実力がいかほどかが想像出来た。

「、、、、、そうか、東京大学、、、もし、もし東京大学でも慶應大学でも無事に卒業したら私の会社も就職活動に入れてくれな!」

「はい!ありがとうございます。氷川商事の社長さんに会えるなんて、とても良い経験が出来ました」

雄太の後ろで木崎の次男圭介が氷川の長男忠男と何やら親しく盛り上がっていた。

「うち?うちの仕事なんてどうってことねーよ」

忠男は年上でも年下でも口の聞き方は変わらないようだ。

「でも、氷川さんの会社って、、、」

「忠男でいいよ、圭介ももう俺のダチだ。忠男で呼んで良いって」

「あ、はい、、、、忠男さんの会社って有名だし」

「あのな、、、、」

声を小さくして圭介の耳元へ近づいた。

「あのな、、、、実は会社から独立しようと思っているんだ」

「え?えええええ!」

「驚くなって」

「だって、、、、」

「圭介にはまだ分かんないかも知れないけど、世界を相手に仕事すんだよ、氷川商事は言っても国会の手助けがあっての会社だろ、財閥って言ってもたかが日本の財閥じゃあ、すぐに乗っ取られる、そこで、俺が世界を相手に稼ぎまくりんだよ」

「マジっすか!、、、、え、でもどうやって稼ぐんですか?」

「、、、、、ん、まぁ、、それは、、、あれだ、、企業秘密ってやつだ」

「マジっすか!」

「おう。その時は圭介も呼んでるやるから来いよ」

「はい!俺、仕事したいっす!」


甲板から一番良く夜景が見えるテーブルには立原冬馬と冬美が香織と仲良く喋る夏樹と同席していた。

「私、伊勢海老って初めて見た」

香織が伊勢海老を指でチョンチョンしながら口いっぱいに身を入れていた。

「おいしい!」

「ねぇ、美味しいね」

「夏樹お姉ちゃんは伊勢海老知ってた?」

「もう、香織!夏樹お姉ちゃんは氷川さんの娘さんよ、知ってるし食べたこともあるわよ!」

慌てて冬美が香織を優しく怒った。

「いえ、伊勢海老は私もそんなに食べたことないから美味しいです。香織ちゃんが可愛いから、もう」

「ありがとうね、良かったね香織」

「うん!」

夏樹の普段は分からないが香織のような子どもの前ではとても気持ちの良いお姉ちゃんになるのだろう。

「そう言えば香織さん、今回のこのアドベンチャー宝探しはなぜ参加を?」

立原は21才の女の子がこんなツアーに参加するのが不思議で仕方がなかった。女性は冬美、香織、そして夏樹の3人だけだったが、冬美は香織が「行きたい」と言うから渋々着いてきた。夏樹の理由が気になるのは当たり前と言えば当たり前かも知れない。

「ああ、私、、、、」

「はい」

「私、実はアウトドア好きなんです」

「えええ?」

「ええええ?、、、、そうなの!」

「はい」

聞けば夏樹はサバゲーはもちろんキャンプも好きで、全国はおろか世界各地に1人キャンプに出かけるほどのアウトドア好きだった。顔はそこそこ可愛い顔立ちに反するかのようなファッションセンスが受けてか雑誌にも何度も取り上げられる凄腕キャンパーとあだ名されていたらしい。

「もし島で困ったことがあったらなんでも聞いてくださいね。食料の取り方とか捌き方とか、、、、島に食べれる野草とかあったら自給自足で10日くらいならなんとか出来ますから」

「、、、、、それは頼もしい!」

「いやぁ、、ほら、うちの父とお兄ちゃん、あれでしょ、島で絶対にわがまま言い出すから、私がいれば、まぁ14日くらいならなんとかなるかなっと思って」

「ああ、なるほどね」

「でも、お父さん、ミーティングで子どもに生きる厳しさを教えるって言ってましたよ」

「あああ、、、あれは口癖みたいなもので、たぶん、、、、一番初めに、もう帰る!って言い出すのは父なんで、、、、その時は、無視して良いんで、許してやってください」

「はぁ、、、、」


3家族はそれなりに仲良くコミニケーションは取れていた。この調子だと島での14日間は楽しく過ごせそうだ。

破跡島がどんな島かは分からないが地図を見るとちょっと歪なハートのようにも見える。このアドベンチャーツアーがハートフルなものであって欲しいと誰もが心のどこかに持っていた。

=================

3家族を乗せた本格アドベンチャー/ スパンキーサマー第3話へ続く

ブログ小説のラベルはこちら→ノベル