[ノベル]スパンキーサマー/最終話/本格アドベンチャーへようこそ
かすれた小さな声で叫んだ。
「学、いくぞ!」
「、、、、、、」
松明は残念ながら最新のドーム型首相官邸まで届かなかったが、その灯りが目印なり立原は一気に官邸の中に入って行った。
「香織!」
中を開けるともぬけの殻だ。
「、、、、、!」
立原が氷川王国首相官邸から出たその時、海岸線沿いから眩しいばかりのスポットライトが当たった。
心臓が飛び出そうな驚きとヤバい未来が一瞬で想像出来た。忘れていたわけではないが氷川は日本を左右するほどの氷川財閥の会長だ。その会長が何かしらのピンチになれば全会社総動員で探すだろう。
もしかしたら警察も、もしかしたら自衛隊も、もしかしたら韓国軍出動も、アメリカ駐屯地からのネイビーだって、ないとは言い切れないほどの人物だ。
今頃、本土では大きなニュースになり、国会は全員一致の可決で氷川の捜索を公式発表しているかも知れない。
そんん人物だったのを忘れていたわけではないが忘れていた。島での暮らしが過酷を極めていたとしてもとんでもない人物に戦争を仕掛けてしまった。
あのスポットライトの向こうにいるのは自衛隊か、それともネイビーか、我々家族は犯罪者になっているかも知れない、、、、立原の肩は落ち背中が丸まった。息子の学も尻餅を付き目の前に光る無数のスポットライトに怯えている。
2人は顔を見合わすこともできず、余計な作戦をたててしまった己を憎んだ。
しかし、その心配は大きく外れた。
「パパー!」
「、、、、、、?」
香織が船の上から手を振っている。鼓動の早さと乱れた息を胸の中に飲み込んでなんとか冷静になることを急いだ。
「、、、、、、?」
「、、、、、、、え?」
学が恐る恐る立原に近づくが何のことか分からない。
目が慣れてきて船の上の様子がなんとなく見えるようになった。甲板には氷川王国の首領と官僚、そし妻と娘、その横に香織がいる。
「香織ー!」
「パパー!」
~ええー、立原ファミリーの皆さん、本格アドベンチャーは如何でしたか?~
聞き覚えのあるアナウンスの声だ。
「、、、、、ふじ、、、えーっと、、藤岡さん、、、、?」
「ちょっと、貴方、、、パパ、船、来たの?」
冬美が慌てて走って来た。山の上からライトが見えて慌てて走ったそうだ。
「あああ、ママ、、、」
「船、、、船、、、、あ、香織?」
「いやぁ、、、、、おつかれ様でした」
振り返ると木崎司令官が歩いてこちらに向かっていた。
「木崎さん、、、、」
後ろから雄太と圭介も照れながら歩いてこちらに向かっている。
「どうもー」
「、、、、、マジ、すみません」
「いや、どうも、じゃなくて、、、、」
「とりあえず、船に乗りますか」
「、、、、、あ、はい」
船に乗ると暖かいコーヒーが出された。
「あの、、藤岡さん、、、これは、、、、」
「え?何か?」
「いや、そうじゃなくて、、これは?」
「黒川物産の企画する本格アドベンチャー宝探しですよ」
「いや、そうなんですけど、そうじゃなくて、、、何かのドッキリですか?」
「え?立原さん、おかしなことを言いますね」
「だって、、、、」
「もしかして、ドッキリかと?」
「ええ、まぁ、、、その要素も、、、、立原さんのご家族が参加したのは、、、、」
藤岡が立原にもう一度優しく笑顔で問いかけた。
「えーっと、、、、、本格アドベンチャー宝探し、、、、」
「そうです」
「いや、その、それはそうですけど、、、、氷川さんや木崎さんは?」
「あああ、実は氷川さんの本当の名前は黒川大造さんと言います。この企画の黒川物産のラスボスです」
「え?、、、、じゃあ、氷川さんって、、、?」
「氷川様は黒川社長の本当のご友人で、氷川財閥の会長のお名前です」
「えーっと、、、氷川さんの本名は黒川さんで、この企画は黒川物産の企画で、、、、、で、氷川さんではなく黒川さん」
「その通りでございます」
「じゃあ、じゃあ、木崎さんは?」
「ああ、木崎さんは、海外でも活躍されるサバイバルのプロです」
「え?でも雄太くんや圭介くんは、、、、」
「本当のお子さんです」
「え?え?ちょっと待って、、、待って、ちょっと、、待って、、、」
「立原様、これは黒川物産の企画ですよ、そんな企画でもし本当に怪我人や病気になる方がいたら我々は困ります。そこでサバイバルのプロの木崎さんご家族とその奥さんの夏樹さん、、、、」
「え?え?その奥さん?夏樹ちゃん?、、、、、だって、夏樹ちゃん、21歳、、、、、」
「木崎様の後妻です。そして忠男さんの本名は小田切忠男さんです」
「え?」
「小田切様は通信のプロです。もしもの時にこちらに連絡を入れてもらわなければいけません。アマチュア無線と短波無線の両方で黒川社長の万が一に備えました」
「いや、でも、黒川社長がなぜ?」
「はい。社長はこう言ったアウトドアが好きなんです」
「あ!、、、、、港に近いキャンプ場を選んだのって、、、、」
「はい。社長にもしものことがあったら救助しやすい場所です」
「え、でも地震!地震!地震もそうだし、セスナも来なかった!」
「地震は想定外でしたが、もともと物資を運ぶ計画はありません」
「え?」
「地震もこちらは揺れたようですが東京は震度1程度でした。地震が良い演出になりました」
「、、、、、でも、、、、」
「立原様、今日で14日間本格アドベンチャーは終了なのですが、思ったより空腹をしのげたのではありませんか?」
「ええ、まぁ、、、あ!」
「猪は内緒で木崎様の入江に私共が持って来ました。島には猪も鹿もいません」
「木崎さんが入江まで行ったのは、、え?、、そう言うこと、、、、、じゃあ、塩や水は?」
「あああ!濾過装置には驚きましたが、実際に飲めるなんて。木崎様と黒川社長ご家族には14日分のミネラルウオーターを用意してました。もし水が確保できない時は皆さんで分けながら飲んでもらおうと。塩もこちらで用意しました」
「え?え?え?」
「一番初めの濾過された水は本当に濾過した水ですが、その後は木崎様とそのご家族にお願いしてミネラルウオーターに変えていただきました」
「ちょっと待って、、、え?じゃあ、、、あ、そう、、、、、え?じゃあ、黒川社長の奥さん、友恵さん、、、」
「友恵様は黒川社長の本当の奥様です。高級リゾートに飽きてたまにはこう言うのもと、、、」
「はぁ、、、、そうですか、、」
「まぁ、でも奥様が参加されたのは初めてなので、立川様ご家族は黒川物産ラスボスとその夫人に会われた貴重なご家族ですよ」
「喜ぶところ、、、?、、、でも、氷川さん、、、、あ、黒川社長と忠男さん、、、、随分意地悪でしたけど!」
「ああ、あれはそうした方が面白いと社長が。木崎様と夏樹様も大賛成で、、、、、あの夫婦、冗談もお好きみたいですね」
「でも、ちょっと、度が過ぎると言うか、何というか、、、」
「だから初めに言いましたように、子どもの遊びでは無い本格アドベンチャー宝探しだったでしょ」
「それは結果的にそうですけど、、、、」
「立原様、そしてご家族の皆様、今回は本格アドベンチャー宝探しを見事達成されて更なる境地を見出したことでしょう」
ようやく「黒川物産主催 本格アドベンチャー宝探し」が理解できた。立原の家族以外みんなグルだったと言うことのようだ。
考えてみれば黒川物産が死と隣り合わせのようなアドベンチャーを本当にやるわけがない。とても疲れて椅子に腰を下ろした。しかし良い経験だっただろう。
「あ、、、宝は?宝も嘘?」
「いえ、宝は社長から直々にお渡しします」
黒川社長が顔を洗った姿で登場した。
「いやぁ、、、、今回はいつもに増して面白かった。何しろサバイバルと人間模様と同時に体験出来た。本当に立原さんとご家族のおかげです。感謝します。ありがとう」
黒川が深々と頭を下げた。
「はぁ、、、、」
「そしてこれは今回14日間脱落せずにやり遂げた記念品です」
黒川から渡された厚手の封筒に入っていたのは黒川物産全グループで使える商品券1000万円分だった。
「ママ!ママ!1000万円だって!商品券!1000万円!」
「えええええ!?本当?1000万円?」
黒川物産はインターネットショッピング、ホームセンター、レンストランチェーン店、コンビニ、大手百貨店まで幅広く経営している。名前を聞いて分かるショップならほとんど黒川物産のグループだ。
「ありがとうございます」
藤岡が立原の横に立ちニヤニヤしながら言った。
「ね、誰もが喜ぶ宝だったでしょ」
「はい!」
「それでは皆さん、東京に戻ります。東京到着は明日の午後3時を予定しています。さぁ、今はこちらで用意させて頂いたの夕食を楽しみましょう」
藤岡の仕切り直しの声で皆が現実に帰ってきた。夕食は行きの船と同じように豪華で素晴らしいセンスの料理だった。
椅子にもたれかかった立原は香織を抱き寄せた。
「心配したよ」
「パパ、泥だらけだね」
「まあね、、、」
「夏樹お姉ちゃんのお兄ちゃんとお父さんって悪者だったの?」
「、、、、、いや、良い人、、、、良い人って言うか冗談が過ぎる人って感じだね。香織は島、楽しかった?」
「うん!ドキドキした!」
「これが子ども騙しじゃない本格アドベンチャー宝探し、、、、まぁ、参加したのはこっちだし、、、」
立原の顔になんとも言えない笑顔が溢れた。疲れた身体を奮い立たせこの夏休みの思い出を家族で締めくくりたい。
「さぁ、せっかく用意してくれた晩御飯だ、香織も学も、ママも頂きに行こう」
夏樹とじゃれつく香織、忠男の正体を知っておきながら通信のことに興味深々の圭介、黒川社長と大学のことで話している雄太、木崎は藤岡とサバイバルの話でもしているのだろう、黒川夫人と冬美はお酒を飲みながら笑い声の絶えない話をしている。
「まぁ、、、1000万円ももらえたし、、、、いっか」
料理を皿に置き席に向かうと同じテーブルで学がスマホをいじっていた。
「学、スマホよりご飯食べなさい」
「、、、、、、、ねえ、このツアーって、14日だよね?」
「そうだよ。お前、木にも印付けてただろ、、、、」
「あ、あれ、わりと適当、、」
「は?、、、、そうなの?、、、、で、スマホ、今日は何日目なんだ?」
「14日間本格アドベンチャー、、、、、それって13泊14日って意味?」
「そうだろ?」
「いや、、、、」
「どうした?」
「まだ1日残ってるんだ」
「え?」
「明日が13日目で明後日が14日」
「え?、、、、まだ何かあるのか?」
船は東京に向かっている。
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