[ノベル]ライダーズオペレーション/ep5/バリ伝
======ep5/バリ伝======
あっと言う間に入院当日になった。鎖骨の痛みは相変わらず痛いが痛みに慣れたのか寝返りでの激痛の回避も慣れたものだ。
時折の激痛だけが難儀だが入院が14時なのでそれまでの辛抱だ。
「1時かぁぁ、、、ちょっと早いけど行くか、、、」
痛みに慣れたせいか病院まで自転車で向かった。坂を下りいつもは通らない緑道を通る。道のギャップが肩まで伝わり痛みはあるが、走るのが楽しくてスピードが上がっていく。
「気持ちいいー!、、、、、いてー、、痛!、、気持ち良いー!」
右腕に力がいつものように入らないが自転車ならリアだけで充分に曲がれるし止まる。緑道からショートカットの小道を抜けると慈永体病院だ。
自転車を止めて救急の入り口に向かう。
「あの、、、今日入院予定の神楽本です」
「えーっと、保険証と書類、お願いします」
「保険証と入院手術の同意書を差し出すと係の女性がチェックをした。
「はい、神楽本さん。今、担当を呼びますから」
数分待つと担当の女性看護師が来た。可愛らしさの残る若い女性看護師だ。ロリコン趣味の無い神楽本はそのあどけなさに愛おしさからの笑顔がこぼれた。年齢を聞きたかったが今ここで聞くのは失礼だと思い看護師の指示を聞いた。
「神楽本さん。担当の道坂(どうさか)です。今日の夜までお世話させて頂きます。早速なんですけど、手術前の事前検査を、、、」
「はい。よろしくお願いします」
レントゲンと採血と尿検査をし、病室へ案内された。
「検査結果は後ほど報告しますけど、血圧と体温を」
「はい」
血圧を測る道坂の面持ちがセクシーに見えるのは男だからか、それとも道坂のナース姿に見惚れているのか、どちらにしろ今世界で一番可愛く愛おしく信頼出来るのは目の前の道坂だろう。
「血圧も体温も大丈夫ですね、、、今日の夕食は早めに出します。夕方6時で、その後は水も食事も無しでお願いします。検査に問題が無ければ明日の10時に手術を予定しています」
「はい、、、、ところで道坂さんは、、」
「え?」
「道坂さんは何時まで僕の担当なの?」
「あ、、、20時までです、、、、オペから帰って来た時は他の担当に、、、」
「あ、そっか、、、じゃあ、今日だけだ」
「でも、明後日は6時から勤務しているのでお顔見に来ますね」
「ありがとう、、、君、可愛いい、、、、その可愛いって言うのはそう言う意味じゃなくて、本当に可愛らしい顔してるし、なんだか手術を頑張れそうな気がする」
「嬉しいです。頑張ってください。何か手術への要望と言うか不安はありますか?」
「ああああ、、、あの手術の時に喉に、、、喉になんか管を入れるでしょ、あれが痛いんで、手術の後、もう速攻で取ってください」
「呼吸が落ち着いたら、、、麻酔の状態もあるんですけど、、、」
「まぁ、そうですよね、出来るだけ早めに取ってもらえると、、、」
「分かりました。担当に伝えておきます」
とりあえずベットに横になり持って来たバリ伝のコミックス1巻から読み始めた。自分が自分にクリスマスプレゼントのつもりで全48巻を大人買いをしていた。
「巨摩郡、、、、やっぱり生まれ持った才能だよねぁぁ、、、」
2巻の途中まで読み終わった時に道坂が検査結果を報告に来た。
「神楽本さーん、、、失礼します」
「あ、はい、、」
「御気分はどうですか?」
「えーっと、正常です」
「検査結果ですが問題ないので予定通り10時からオペとなります。時間が多少ズレる時がありますが、お昼1時には目が覚めるようにスタンバイをしています」
「はい。お任せします」
「、、、、漫画ですか?」
道坂がバリ伝に気が付いて優しく指差した。
「あ、はい。昔の漫画なんですけど、バイクの話で、世界で活躍するレーサーになるようなストーリーで、、、」
「へぇ、、、」
神楽本が立ち上がり簡易設置の棚の扉を開けた。
「これ、48巻、入院中に読破しようかと!はい!」
「あ、、、はぁ、、、あの、、」
「え?」
「神楽本さん、バイク、、、事故だった、、と聞いてますけど」
「はい!バイク事故です!巨摩郡みたいに曲がれませんでした!」
「こま、、、こまぐ?ぐん?」
「コマグンですよ!あ、道坂さんもシフト終わったら読みますか?」
「あ、いえ、、はい、、、あの、、、」
「何時終わり?」
「、、、あ、20時です」
「じゃあ、消灯まで2時間、ぜひ、ウェルカムでーっす!秀吉ってのが出て来るんですけど、そこからが熱いんですよ」
「ヒデヨシ、、、はぁ、、暑い?はぁ、、、」
道坂は何の話をしているのかさっぱり分からなかった。手術前の患者とは思えない。バイク事故で入院してバイク漫画を読む神経も良く分からなかった。違う意味で心配になるのは当然かも知れない。
その後、やることも無いのでバリ伝を読みながらうたた寝をしたり起きたらまた読んだり、足がダルい時は地下の売店までコーヒーを買いに行ったり、それなりに時間を潰した。
夕方6時を過ぎたころに夕食が運ばれて来た。予想に反してわりと豪華だ。ご飯に味噌汁、具は茄子とネギだ。焼き魚なのか煮魚なのかよく分からないが魚。ほうれん草と豆腐の小鉢が2つある。豪華だ。
「おお、、、なかなか、、」
念のため買って置いたどん兵衛の小さいやつにお湯を入れうどんを加えた夕食だ。
あっという間に食べ終わりこれで今日はやることを全て終えた。後は目が覚めたら手術だけだ。時計を見ると7時を少し回ったところでコーヒーが飲みたくなったが夕食以降は水も飲んではいけないようなので我慢した。我慢すると余計に飲みたくなるのが人のサガ。その我慢に初めはモジモジしていたがモジモジするのも限界だと思い寝ることにした。7時に寝るなんて20年ぶりだ。窓の外はもう暗い。今日は日が登り目覚め日が沈み眠る、健康的な生活だ。
「、、、、zzzzzzz、、、、、」
眠りについて間もなく聞き覚えのある声で薄く目醒めた。
「神楽本さーん、、、失礼しまーす、、、」
「う、うん、、、、」
そこには道坂が私服で顔を覗かせていた。
「あ、、、えーっと、ドウサカさ、、、ん」
「シフト終わったのでちょっと顔を出しました」
「あ、どうも、、、」
「寝てましたか?」
「ええ、、、ちょっと、、、」
「漫画、、、教えてください」
「あ、バリ伝?」
「ええ、、、、、」
起き上がり眠気を紛らわせ、バリ伝の1巻を取った。
「あの、ちょっと顔を洗ってきます、、、これ、、、」
「あ、はい」
道坂が来た理由は私的な理由では無くある意味で不安になって少し覗いてから帰ろうと思っただけだ。漫画にも興味は無いし神楽本にも興味は無い。興味無さげにバリ伝をパラ読みし始めた。
「高校生の漫画かぁぁ、、、高校生がバイクに乗ってる、、、みたいな」
「あ、すみません、、、」
神楽本が顔を洗って帰ってきた。時計を見ると21:30を少し回ったところだった。
「この漫画って、高校生のお話なんですか?」
「ええ、これ、3シーズンに分かれてて、主人公が世界に打って出るとこまでのお話って言うか、世界で走るんですよ!」
「最近の漫画ですか?」
「僕が中学生、、、小学生だったか、、、その時にブームにもなった漫画なんです」
「神楽本さん、49歳ですよね?と言うことは40年?30年くらい前の漫画?」
「そうです、これが色々とエキサイティングな展開がありまして」
「あ、それがさっき言ってたヒデオ?ヒデオとのお話?」
「ヒデヨシです、そう!ヒデヨシは第一シーズンに登場するんですけど、秀吉が関西弁を使うあたりが良い設定で、関西人って商売人みたいなイメージあるでしょ、秀吉は金が欲しいからプロレーサーになりたいんですよ」
「はぁ、、、」
「これが速いんです、、、、で、でもね、残念ながら途中で死んじゃうんです。ここが、普通なら見せ場と言えば見せ場なんですけど、この場面は妹、秀吉の妹がメインに話が進むわけなんです、、」
「はぁ、、、、」
「で、第二シーズンと第三シーズンはファンの間ではイマイチと言う印象が残ってしまったのですが、高校生、、、、大人もみんな読んでいたので人気は衰えなかったんです」
「、、、、、」
「第三シーズンでは世界を舞台に進むんですが、、、ほら、当時、バイクレースの内容って言うか、そう言うのほとんど誰も知らないでしょ、でもねー、今、レースのルールとかみんな知ってるんで、これが楽しみで!」
「みんな、、、、?」
「僕もね、第一シーズンまでしか読んでいないんですよ、ほら、小学生だったから、、、秀吉までのお話は復習でそこからは未知の世界!、、、、楽しみでしょー!」
「ええ、、、まぁ、、、」
「、、、、、あ」
ようやく神楽本が自分自身が我を忘れていたことに気が付いた。
「あ、、えーっと、ところで道坂さん、看護師の貴女がただの患者の俺のところに来るのは、、、」
6人部屋のベットは4床埋まっていて向かいの2床の患者は時折唸り声を上げるがほぼ瀕死の状態だろう。1つ向こうのベットはおじさんらしき人がいるが大したことの無いようで立ち上がり何かをしている気配もして元気なのが伺える。
「大丈夫ですよ、担当違いますし、聞かれたら神楽本さんの彼女ですって言えば問題ありません」
「、、、、あ」
こう言うのをAVで見たことがあるのを思い出した。これはもしやチョメチョメの予感では無いだろうか。男の誰もが夢見る入院中にナースとチョメチョメ。
「、、、、、あ、、、えーっと」
「ところで、明日の手術、手術前に何かやっておきたいこととかありますか?聞きたいこととか、、」
「あ、、、、えーっと、、」
やっておきたいことと聞かれてドキドキした。正直に「お願いします」と言うべきかどうか、それとも「大丈夫です」と断るべきか、男として悩みどころだ。
「いや、でももう9時過ぎてますし、、、時間的にどうかと、、、」
「え?そんなに時間かからないようなのでお願いします」
時間がかからないように出来るかどうかは分からないがここは病院だ。病院で男の夢を叶えることが社会的な倫理に反するのでは無いかと大人の常識が邪魔をする。
「あ、えーっと、時間がかからないように、、、、、、、、」
「私、流石に10時前には退社しないといけないので、サッと出来ることであれば」
「サッと、、、、そんな、やはり、そう言うのは難しい、、、いえ、その、、、道坂さんのことを、、、、初めておお会いしたわけですし、僕のやりたいことと言われましても、、、」
時計が21:45pmを指したあたりで道坂が立ち上がった。
「あ、そろそろ私行かないと、、、、1巻借りて行きますね」
「え?、、、はい、、、やっぱ10分足らずじゃ、、、」
「よく考えたら売店もやってないし、食事とかもダメでしたよね、ごめんなさい」
「あ、はぁ、、、まぁ」
「じゃあ、明日頑張ってください」
道坂は神楽本が思ったよりも特殊な患者では無いことが確認出来て安心して病室を後にした。部屋で大盛り上がりする患者もいたり他の患者の心中を察することをしないで病状を平気で笑う患者もいる。部屋の温度が暑いだの寒いだの言う患者もいたり、ナースに会いたいだけで何度もナースコールを押す迷惑な患者もいる。ノリの良い男だろうしバイクが好きなことも想像でき神楽本がそう言った特殊な患者では無いことを感じ安心して帰った。ノリで「一巻借りますね」と言ってしまったがいつ返すのかなんて考えていなかったことだけが心残りだったが、せっかく借りたので読んでみることにした。返すのは後で電話すれば良いだろう。それくらいで怒り狂う患者でも無いことも確認出来た。
神楽本は道坂の行動が当たり前の行動なのか特別な気持ちでの行動なのかは分からなかったが病院には手術をしに来ている。色っぽい話も期待したいが実際にはそんな話など無いのだろう。そんなことを思いながらバリ伝を復習しているとあっという間に消灯時間になりあっという間に朝になっていた。
そして新しい朝には新しいワクワクが待っていた。
「神楽本さーん、、、」
朝7時に新しい担当の看護師がカーテンを開けた。
「神楽本さん、今日から明日の夕方まで担当させて頂きます、村鈴と言います」
新しい担当の村鈴は道坂よりも少し年上と言った雰囲気の女性だ。道坂が可愛らしい女性と言うのであれば村鈴はお姉さんタイプの女性と言うところだろう。名札に「村鈴アリィ」と書いてあるのが気になった。
「村鈴さん、ハーフかクオーター?」
「え?」
「名前がアリィ、、、」
「あ、親が付けたキラキラネームです。日本人です」
「、、、、キラキラネーム、、」
そんな会話をしながら体温計を神楽本の脇に入れ始めた。
「体温失礼しますね、、、キラキラネームが流行ってたそうで、、、でも、同級生にイチゴちゃんとかティアラちゃんとかいて、その時は可愛かったんですけど、そんなんじゃ無くて良かったですよ、アリィならギリセーフって感じです」
「ギリセーフ?」
「だって、40歳とかになって中年太りしてティアラは無いでしょ、キツイと思いますよ。ニキビ面になった20代で名前がイチゴちゃんって、突っ込んで良いのか、、、ハラスメントって言われても、言いたいでしょ、イチゴちゃんだったら」
「あ、まぁ、、、」
「アリィだったら、アジア系の国ならありそうだし、ギリセーフ!です、、、、えーっと体温、36度、、、問題無いですね。血圧は手術前に測りますので」
「はい、ありがとうございます」
「手術はオペ室からの連絡待ちですが、予定では9時以降に入ると思います。あと2時間くらい」
「はい」
村鈴が病室から出ていったあとで神楽本はベットに横になった。
「そう言えば手術かぁぁ、、、そういや肩痛くないなぁぁ、、」
肩が無痛と言うわけでは無いがこの1週間で痛みが和らぎ入院してからは痛みがほとんど無い。歯が痛くて歯医者を予約すると歯の痛み無くなるアレなのかも知れない。
「手術かぁぁ、、、、ま、いっか」
やることもなくボーッと横になっていると9時より少し前に小田医師と村鈴看護師がベットにやって来た。
「神楽本さーん、、、失礼します」
カーテンを開けると村鈴が血圧を測る準備を始めた。その横で小田医師が脈を取りながら点滴を調整していた。
「どうですか、気分は?」
「えーっと、、、いつも通りな感じです」
「手術はあと30分くらいで連絡が来ると思います。前の手術が9時に終わる予定だったんですけど、それが胃を半分摘出する大手術で、もう、オペ室が血の海って言うか、これが、もー、、、失敗しちゃって、、、、今、オペ室の掃除と隠蔽、、、、」
「先生!」
村鈴が焦って小田の口を黙らせ、無理にでも安心の言葉を出した。
「、、、、、、」
「あの、、、いえ、、、心配ありませんよ」
「ええ、僕が執刀しますし、前の手術も失敗と言っても命に別状は無いですし、再手術でどうにでも回復出来ます」
「どうにでも?」
「ええ、ですから、入院前にもお伝えしたように手術にはリスクが付き物なんですよ、ご理解はしていると聞いていますが」
「、、、、、まぁ、、」
「まぁ、神楽本さんの場合は鎖骨なので命には関係しませんし、チャチャっと終わらせるんで」
「、、、、、チャチャっと、、、」
「、、、、先生!」
「あ、少々口が、、、あ、これは、漫画?」
「、、、、はい、、」
「バイク漫画?」
「はい、、、」
「バイクはいけません、骨が折れやすい、、、これからはバイクやめてくださいね」
「え?」
「ですから、バイクは骨が折れやすいんで、バイクはやめた方が良いと、、、」
「えーっと、折れた骨がまた折れる?ってことですか?正常な骨でも、、、、なんて言うんですか、バイクの振動、、、、微震で折れちゃうとか?」
「バイクはやめた方がいい、と言ったんです」
「、、、、、それは、、、」
「だって、転けたら骨、折れるでしょー!神楽本さんのように!はっはっは!」
「、、、、、転けなかったら?」
「折れませんよ」
「、、、、、、」
神楽本は小田が面倒臭くて嫌いだ。何の話をしているのかよく分からなくなる。しかし、変に怒りを露わにしても意味も無く無駄だ。執刀する小田を信頼出来ないがここでストップを言うと何かと面倒になるのが直感的に分かっていた。そもそも慈永体病院ほどの大学病院が鎖骨手術くらいで失敗することの方が問題だ。手術でのトラブルよりも鎖骨手術で失敗する実力のリスクを問い詰めたいところだが、今はこの面倒臭い医者の小田を信頼するしかないのだ。
「あ、神楽本さん、血圧ちょっと高めですね、ご気分悪いですか?」
村鈴が優しい声で問いかけた。その声に救われたのかどうかは分からないが血圧が高くなる理由を言うのをやめて手術の時を待った。
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