[ノベル]ライダーズオペレーション / ep7 /痛みの報酬
======ep7/痛みの報酬======
「はい。担当の高坂です」
あいあい保険の直通に電話をして入院延長は保険対応なのかどうかを確認した。担当はこの前の女性のようだ。
「あ、神楽本ですけど、、、」
「あ、神楽本さん。その後お加減どうですか?」
「あ、手術終わって今病院の外からかけてるんですけど」
「そうですか!手術は今日?」
「いえ、昨日の午前中で、昨日は痛くてと言うか、手術の後、ほとんど寝てまして、、、」
「そうですか、、、では、今日退院ですか?」
「あ、それなんですけど、入院日数って伸ばしてもOKですか?」
「何か問題でもあったんですか?」
「いや、その、、先生は無事成功で問題なしって言うんですけど、激しい痛みが時々あって、帰って対処出来なかったらどうしようかとかと、、、」
「なるほど、、、で、病院の方はなんと?」
「ベットは元旦まOKなんですけど、入院費用って保険でなんとかなるのかなと思って」
「えーっと、、、今回の手術の名称と言うか、なんの手術だったか分かりますか?」
「え?」
「診断書に書いてあるんですけど、、、」
「あ、えーっと、手元に診断書ないんですけど、、」
「肩、、、鎖骨でしたっけ?」
「はい」
「おそらく大丈夫です、、、おそらくと言うのは、やはり診断の結果はお医者さんに委ねる部分がありまして、お医者さんがOKと言えばOKになるんです。それで患者さん、、、神楽本さんの判断は優先されないと言いますか、、、」
「と、言うことは、、、、先生が帰れと言えば帰るしか無いと、、」
「まぁ、そう言うことになります」
「そうですか、、、」
「でも、痛いんですよね?」
「はい、、まぁ」
「じゃあ、痛いから入院の延期で押してください」
「え?」
「痛いって言ってる患者を返したら大問題でしょ?しかも、、えーっと、、、慈永体病院と言えば大学病院ですから、痛みの残る手術なんてあり得ない事実です。痛いと言っている患者に帰れとは言いませんから」
「あ、そんなもんなんですか、、」
「そんなもんですよ」
「じゃあ、元旦まで入院する予定で保険の方を、、、」
「任せてください。なんなら入院最長30日をフルで使っても良いですよ。痛いって言えばそれが症状ですから。30日フルだと保険料は、、、、1日5000円で15万円、、、入院代金を差し引いても3万円くらいはゲットですよ」
「いや、そんなには、、、入院してたら、、、色々と、、」
「まぁ、鎖骨ですからね。大したことないですから」
「はぁ、、、」
電話を切った神楽本はものをハッキリ言う高坂が気持ち良かったがお金の話がリアルに迫ると腰を引いてしまう。しかし保険の確約は取れた。どうせやることもないからこのまま病院ライフを満喫しよう。病室に戻る前にナースセンターに立ち寄り村鈴に入院延長の申込をお願いした。
「、、、、そうですか、、、分かりました、、、」
村鈴の浮かない顔が気になったが痛みへの恐怖を訴えるのは患者にとって当然と言えば当然だ。
「まだ肩は、、、手術跡は痛みますか?」
「ええ、、、今はそうでも無いですけど、さっきまた激痛が、、、今はジンジンしてます」
「そうですか、、、」
とりあえず病室に帰った。入院延長もOKで保険対応もOKだ。しかし村鈴の顔が少し暗い感じなのが気になるが、実際問題として事故は起こり手術をし入院をしてそのための保険を使わないなんて有り得ないことだ。美人ナースの顔色も気にはなるが神楽本にも事情がある。
しばらくすると小田医師が病室を訪れた。村鈴も同席しているが顔色はなんとなく暗い。
「神楽本さーん、入院を延長したんですって?」
陽気な声は小田だ。入院延長が小田の持つ何かのプライドをかすったことがすぐに分かった。
「あ、はい、、、ちょっと痛みが怖くて、、、」
「ちょっと手術跡、見せてくださいね」
入院着をはだけさせホッチキスのようなもので固定している傷跡を見た。
「んんん、、、傷跡は美しいですねー、完璧ですねー、、、痛いですか?」
「今は痛くはないです、、、」
「でしょー!僕の手術は完璧なので。でも痛くないのに入院延長はいかがなものかと?」
「あ、いえ、今は痛くないんですけど、たまに強烈な痛みがあるので、家に帰ってそれがあると、、、、ちょっと怖くて、、、」
「ああ、怖いのは分かりますけど、その程度で入院延長だと病床の状況も、、、、」
「その程度?、、、、」
「はい。切ったんだから痛いに決まってますよ、、、たまに痛いのは誰にでもある症状です」
「、、、、入院延長はダメだと?」
「ダメなんて言ってません。ただ、、、ただ、完璧な手術の後に痛みを訴えられてたので、現状のチェックと言うか、、、」
「えーっと、、、、僕は延長したいんですけど、、、、、それが良いのかダメなのか、、、それだけを教えて欲しいんですけど、、」
小田は困った顔をしたが直ぐに村鈴を見て言った。
「村鈴くん、、、術後の管理は大丈夫だったのかな?」
「、、、、、はい、、、問題ないと、、、」
「だけど、、、おかしいじゃないか、、、完璧な手術で美しい傷跡で、それで患者が痛いなんて、、、君のミスじゃないのか?術後管理が悪かったんじゃないか?」
「あ、、、えーっと、、、坐薬も鎮静剤も、、、、点滴も、処置しました、、、」
「そうじゃなくて!」
小田の声が少しだけ大きくなった。その声に村鈴の肩はすくみ困り果てた顔が切ない。
「、、、、、すみません、、、」
「君の術後の管理がイマイチだったから神楽本さんは痛みを言っている可能性もあるよね?」
「、、、、、、」
「まぁ、良いでしょう、、、入院延長で年末年始を楽しんでください」
「、、、、、、、」
「村鈴くん、、、、」
「、、、、はい、、、」
「僕は明日から休みで、31日は出勤なので、それまで神楽本さんの痛みをちゃんと管理する様に、、、退院の元旦は僕も見送りましょう。もう、ミスはしないように!」
「、、、、、はい、、、」
言い残すと小田は病室を出て行った。浮かない顔の村鈴がモニターを見ながら作業をしている。横顔が何処と無く悲しげだ。やはり責任を押し付けられたら誰だって暗い顔になるのだろう。
「あの、、、村鈴さん、、」
「はい、、、、」
「なんか、俺の入院延長で、、、ご迷惑を、、、」
「え?」
「いや、村鈴さんの顔がなんか、、、雰囲気暗いのは、小田先生に怒られて、、、、、村鈴さんの責任にされちゃって、、、浮かない顔で、、、せっかくの美人が台無しに、、、」
「、、、、、、、」
「なんか、ごめんなさい」
うつむいたままの村鈴だった。神楽本が悪いことをしている訳では無いが何となくの気分でが一言謝りたかった。
「良いんですよ、、、、」
小声で神楽本に近寄ってきた。その小声が先ほどの浮かない顔とは真逆で少し踊り跳ねている軽快な声にも聞こえる。
「良いんですよ。神楽本さんのおかげで良い年末が迎えられそうです」
「え?」
神楽本にはその少し跳ねる声の意味が分からなかった。カーテンを閉め血圧を測りながら小声が神楽本の耳元に近づいてきた。
「、、、、、ナースって、医者のフォローも仕事ですし、、、実はここの病院、、、医者の責任を背負ったら臨時ボーナスが出るんです。病院からじゃ無いですよ、、、小田先生から直接」
「え?」
「小田先生、今頃、私の机の棚でカルテを見るふりしながら空の赤いファイルに、、、5万円、、、、いや、、6万円くらいは入れてる頃です。あ、私の場合、赤いファイルが入金場所なんです。簡単な鎖骨骨折の手術で患者さんが痛みを訴えているんですから、外科医としてはナースに責任をかぶせた方が、、、、、、、ね!」
「、、、、、」
「暗い顔暗いしないと、、、周りの目もありますし、、、私たちとしては、、、、入院患者さんに医者の責任だ!入院延長!と言って貰えば貰えるほど貰えちゃうんで。年末年始や年度末は稼ぎ時なんですよ」
「あ、、そう、、、、良いねー」
「元旦になったらもう一度、痛い!入院延長!って言ってもらえると助かりまーっす!」
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シュールなコメディで贈るバイク乗りの物語。