[ノベル]ライダーズオペレーション/最終話ep9/ハイティーンブギ
======最終話ep10/ハイティーンブギ=====
大晦日の朝、病院とは言え年末の雰囲気が漂うものだ。昨日から正月っぽい食事が出されたり病院の正面に門松があったり病室の入り口にも小さなお飾りがあったり館内放送もなんだか正月っぽい音楽が流れている。それぞれの年末年始が始まる独特の雰囲気だ。
そのめでたい雰囲気とは別にナースセンターは慌ただしい。神楽本がナースセンターの横を通ると道坂1人で慌ただしく対応している。この慌ただしさも年末年始ならではなのだろうか。
「道坂さん、、、」
「あ、神楽本さん、、、」
「なんか慌ただしい、、、?」
「大晦日は、、、馬鹿が飲みすぎて急性アルコール中毒で運ばれたり、、、、喧嘩して腕折ったとか脇腹がどうしたとか、、、モテない男同士で一生殴り合ってろってな!、、、、飲んだら乗るな!って言ってるのに飲んで乗ったアホが事故で運ばれたり、、、、事故るなら死ね!つーの!病院来ないで火葬場に行け!、、、、、、今日が一番忙しいんですよ!」
道坂の口調からその忙しさが伝わってくる。こんな激しい言葉を出す女の子には見えない。ナース姿をしているせいか天使の衣を羽織った悪魔にも見える。
「、、、、あ、、、頑張って!」
「神楽本さん、、、、、暇なら手伝って!」
「え?」
天使のような悪魔は患者までもこき使うのだ。
「電話くらい受けれるでしょ!」
「でも、俺、患者って言うか、、、、」
「バイト代出しますから!」
「あ、はい、、」
道坂の勢いに負けて電話番をすることになった。電話は全部で3台。目の前に座ると緊張する。
「いいですか、一回で覚えて!」
電話が鳴った。
「はい、こちらナースセンター。入院ですか搬送ですか?」
殴り書きのメモをとりながら電話の向こうの相手とシステマチックに会話をしている。
「搬送。じゃあ、正面右手の奥。そこから受付をしてください。緊急治療室に運んでください。はい、じゃあ、お願いします」
電話を切った道坂の手元にはメモ書きがあった。メモには「ヨコタヨコヤ 男 急性アル ケイレン イシキナシ」と書いてあった。電話を切った後直後に内線を取った。
「神楽本さん、救急搬送の時は1番、入院の時は2番」
内線の番号を指さし神楽本に教えるのと被り気味で1番を押した。
「あ、はい、、、」
「こちらナースセンター、ヨコタヨコヤ男性年齢不明急性アルコール中毒の疑い痙攣あり意識ナシ20分後にそちらに到着。よろしくお願いします」
そんな道坂を見ている間もなく次の電話が鳴った。
「はい、ナースセンター。入院ですか搬送ですか?」
「入院。はい。サカタサカオ男性、両足の複雑骨折の疑い、はい、鎮静剤、はい、、、分かりました。至急こちらに、右手奥が救急入り口です」
その電話を切ると内線2番を押してすぐに話し出した。
「サカタサカオ男性。両足骨折。空いてる病床を。緊急です。両足複雑骨折現在鎮静剤。15分以内に来ます、一般病棟によろしくお願いします」
鮮やかな電話さばきにあんぐりと口が空いたままの神楽本だった。
「神楽本さん、分かった?頼みます!」
そう言うと道坂はナースセンター出た。
「あああああ!道坂さん!どこに?」
「今、聞いてたでしょ!サカタサカオ男性を迎えに行くのよ」
「あ、、、えーっと、、」
「頼みましたよ!」
そう言うと道坂は廊下を小走りに行った。その余韻を感じる間もなく電話がなる。
「あ、はい、、、ナースセンターです、、」
「救急搬送の受け入れをお願いします。氏名フジタフジコ女性年齢45歳飲酒、階段から落下、頭部を強く打って意識不明、脈は正常、約30分で到着。受け入れ準備をお願いします」
「はい。えーっと、、、正面入り口の右奥から入ってください、、、、受付があるので、、、そこで確認を」
「ありがとうございます」
電話を切ると内線の前に立った。
「えーっと、、、搬送は1番、、、」
電話の呼び出し音が鳴る間も無く相手が出た。
「はい、救急受付」
「フジタフジコ、、、女性 頭を強く打って意識ナシ、、、、えーっと45歳、、、お酒飲んでます、、、」
「貴方、新人?」
「あ、まぁ、、、はい」
「何分で着くって?」
「えーっと、、、30分、、」
「了解、、、貴方ねー、新人なのは1日だけで2日目からはプロの自覚を持ちなさい!相手は命なのよ!そんなんでどうすんの!」
向こうの女性の気に触る話し方だったのかも知れないが、そんなことよりもその会話の途中から電話3台が同時に鳴っている。電話を切れない雰囲気と出なきゃいけない使命感が混ざり合いどうしていいか分からないままだ。
「いいわね!」
「はい、、、」
内線を切るとすぐに電話に出た。
「はい、こちらナースセンター。入院ですか、、、、搬送ですか」
「救急搬送の受け入れをお願いします、、、、」
「入院ですか、、、」
「意識痕弱、酸素と、、、」
どんどん鳴る電話と内線が神楽本をやる気にさせていき段々と慣れてきた。気分も盛り上がってきた。
「はい。4番の病室にベットを追加して!」
「ベット無いから、とりあえず1階のソファーに横に、外科がいないので小児科医を行かせます、、上がって来れれるなら4階のナースセンター前まで!早く先生を呼んで!」
「ストレッチャーの上で待機させて、、、、応急処置で済む患者はナースに連絡を!研修医がいるなら救急入り口で待機!」
1時間もすると慣れたものだ。ナースセンターの対応を1人でこなし他の看護師が患者に付き添えるように回している。壁にかかっている時計を見るとお昼の2時を回ったところだった。
「まったく、、、、昼の2時から宴会やりやがって!病院の身にもなれっつーんだよ、、、そんなに飲みたいかね、、、」
3時を回る頃には電話もひと段落したのか鳴ったり鳴らなかったりとさっきまでの慌ただしさが無くなった。そこに少々疲れ気味の道坂が帰ってきた。
「あ、道坂さん、、、、」
「ありがとうございます、、、見事な電話さばきだったみたいですね」
「はい、、、慣れたもんです。でも、電話が鳴らなくなりましたね、、、」
「ああああ、、、もう受け入れが出来ない、、、病床と先生方にも限界はありますから、、、それにまた6時くらいから鳴り出しますよ、、、夕方からの宴会が始まるでしょ、、」
「あ!なるほど!」
「ところで、、、、バイト代なんですけど、、、」
「あ、いいですよ、、、わりと楽しかったし」
「いえ、それは悪いです、、、から、、、今日、22時で上がりなんで、、その後に内緒で」
「え?、、、内緒で、、、」
「はい、、、内緒で、、」
病院でナース姿の女性から聞く「内緒で」と言う言葉がこれほどエロいとは想像もしなかった。もの凄い破壊力だ。めまいを何とか堪え理性を保つので精一杯だった。
道坂の代わりの電話番も終わりコーヒーが飲みたくなった。エレベーターを降りると1階のロビーのテレビではガキ使を放送していた。オーディエンスはわりと若めの男女だ。せっかくなのでテレビのある階に立ち寄りながら病室に戻ろう。3階の内科の前のテレビではライジンの試合がやっていた。内科の先生がアメバTVに登録しているらしく患者と医者で観戦していた。見るからにオラオラ系のあんちゃんたちが行儀良く座って観戦している姿はある意味で病院は中立的平和都市だ。一般病棟のロビーでは紅白が放送されていた。ジジイとババアが時間を持て余しながら恒例行事に満足気だ。神楽本はもともとテレビをあまり観ないのでどれもイマイチつまらない。
「ああああ、、、10時か、、、みんな走りに行ってんだろうな、、、あああああ、、、」
そこに道坂が来た。
「神楽本さん!バイトのお礼、、、、」
「あ、はい、、、」
一気に緊張が走る。しかし、ここは一般病棟のロビーで紅白が放送されている。ここで「みんなに内緒」をやるのはあまりに刺激的だ。
「あの、これ!」
「え?」
道坂が差し出したのはバリ伝の1巻だった。
「え、、、、えーっと、、」
「あの、、、あの!、、、2巻貸してください!」
「え?」
「バリ伝の1巻が面白くて、、、2巻から、、、5巻くらいまで、、、貸してくれると、、、嬉しいんですけど、、、」
「あ、はい、、、良いですよ、、、ってか、バイトのお礼は?、、、、」
「はい。あの、、、良かったら、退院した後、、、ご飯作りに行って良いですか?、、、、ご飯作るんで、、、それを、、、お礼に」
「あ、はい、、、」
これは後々のお楽しみと言う意味なのだろうか。しかしたかが電話番を3時間くらいしたくらいでご飯を作りに来るなんてミラクルが過ぎると言うものだ。
「あの、、、俺、、、1人暮らしだし、、、その、、、道坂さん、、、の彼氏さんとか、、、なんか」
「あ、、、そう言う意味じゃなくて、、、お礼って言っても私に出来るのってそれくらいなんんで、、、、バリ伝の先も、気になって、、、48巻まであるんですよね、、、、最後まで気になって、、、彼氏もいないですし、、、だめですか」
「、、、、、よろしくお願いします!」
「はい!ありがとうございます!」
神楽本は簡易的な棚から5巻まで出して道坂に手渡した。
「そう言えば今日は消灯しないんですね、、」
「あ、今日は大晦日で、紅白とか患者さんが観たいだろうし、消灯は深夜0時ちょっと過ぎになってるんです。確か0時10分だったかと」
「それはみんな盛り上がるね」
「ええ、新年を皆さんと一緒に迎えられる方が、、、、なんて言うのか、幸せでしょ」
「ええ。やっぱ新年はハッピーな方が良い!」
紅白が終わり行く年来る年がしめやかに始まった。除夜の鐘がテレビから流れる。
「あああああ、、、、新年かぁ、、」
「新年ですねー」
道坂の隣でテレビからの除夜の鐘を聴いた。目の前に死にかけのじいさんばあさんがいるのでロマンチックとは言えないが病院での新年も悪くない。除夜の鐘を聴き終わると手を擦り合わせるじいさんやばあさんの意味が分からないがそれで幸せならそれはそれで良い。
「さぁ!皆さん、あと10分で消灯です、、、、ベットに戻って寝る準備を!」
道坂が一般病棟のロビーのテレビにかじりつく患者たちに告げた。神楽本も病室に向かうがその後ろで道坂が声をかけた。
「あの、、、神楽本さん、後で甘酒、、、甘酒で乾杯しませんか?」
「え?」
「いや、、、その、、、嫌なら大丈夫です」
「そんな、、、ぜひ!」
「じゃあ、消灯の後に行きますね」
「はい!」
今夜は甘酒で乾杯だけにしておこうと自分で自分に決意表明をした。決意表明をしなければ病室のベットで道坂を抱きしめてしまいそうだ。ベットに戻った神楽本はベットライトで薄暗く朱色に染まる天井を見ながら反省をした。
「ああああ、、、道坂さん、、、村鈴さんに恋をしそうになった俺は、、、あれは気の迷いで、、、本当は、、、本当は道坂さん、君を一目見た時から、、、ああああ、、、」
眠れない時間が過ぎて行く。身体をよじり時計を見ると0時15分だった。スマホの電源を切ろうと手を頭の上に伸ばすと右肩の手術跡に激痛が走った。
「あた、、、痛、、、、ああああ」
痛みがすぐに引くことを願ったがその願いは通じなかった。肩が凍りついたように固まり少しでも動かすと全身に痛みが走る。今思えば右手を7日ぶりに頭の上に伸ばした。
「ナースコー、、、、ナースコール、、、マジかぁぁ、、、、痛い、、、、あああああ、、」
身体が固まって動かない。右手が万歳をしたまま動かない。ナースコールのボタンは顔の横にあるのにボタンを押せないままのたうち回った。顎でナースコールを押すとしばらくして小田医師と道坂やって来た。
「どうしました?」
「肩が、、、、痛くて、、、」
小田が右肩はだけると少し血が滲んでいる。素人の神楽本にもそれがヤバい状態だと分かった。
「痛みますか?」
「はい、、、、」
「えーっと、、鎮静剤、、、痛み止め飲みましょうか、、」
小田が道坂に痛み止めを持って来るように指示をだしガーゼで止血を始めた。水と痛み止めの錠剤に口を付けるように道坂が神楽本の首をそっと持ち上げた。
「はい、、、ゆっくり飲んで、、、はい、、、し、ん、年、、あけ、、まして、、、、おめ、で、とー、、、」
「あああ、、、俺と、、、君に、、、カンパイ、、、、」
痛みがあっても余裕を見せ付けたいのが男の本能なのだ。痛み止めを飲んだおかげなのか30分くらい経つと肩の痛みが少し柔らかくなり気持ちも落ち着いた。その様子を小田も確認し安堵の気持ちで道坂に告げた。
「じゃあ、道坂くん、あとは、、、、、、、ってか、、君は今日、終わりだよね」
「はい、、、まぁ、年末年始ですし、、、、サービス残業で、、、」
「まぁ僕の手術は完璧だったから、これは道坂くんの術後管理が良くなかったんだろうね、、、」
「はい!喜んで!」
道坂の踊り跳ねる言葉で臨時収入が入ったことが容易に想像できた。しかし小田のオペの腕も疑わしいのも事実だ。
「じゃぁ、僕は他の患者もいるので、、、、」
小田が病室を出ようとした時に病院の正面入り口のローターリーにけたたましい排気音が聞こえてきた。小田は慌てて窓の外を見た。そこには5台くらいのバイクが病院入り口にある小さなロータリーで止まっている。暴走族とは明らかに違ったがバイクが数台集まれば暴走族と指差す人もいる。慌てふためく小田の声が震えている。
「暴走族!、、、早く、警察に!、、、あああああ、きっとあの時、足の骨折手術を、、、後遺障害を書いていない、、、あいつだ、、、警察!」
詳しくは分からないが近い過去にプライドの高さが邪魔をしてまた「完璧な手術」として患者への対応をしたのだろう。気の利く医師なら後遺障害の話が出れば完治していようがいまいがお金の話だと察し快諾するのがスムーズなのだが小田のここまでに感じる性格だと完璧な手術に後遺障害は無いと結果的に言い張ったのだろう。ある意味では医師としては志は高いがある意味では融通の効かない可哀想な性格だ。
「警察!早く!」
「あの、、、、警察は待ってください!、、、、あれ、俺の仲間です」
「え?」
「え?」
道坂も驚き顔だ。痛み止めがあってもなくてもおそらくこの状況で痛みのことは忘れていただろう。神楽本が窓の外に向かって叫んだ。
「なにやってんだよー!」
「今日、退院だろ!迎えに来たー!」
笹吉からの答えはあの時に電話で言っていた「迎えに行く」のことだった。伊東も宮見もいる。そして藤秀のまたがっているあれは自分のYZF-R1。カウル無しの恥ずかしい姿でそこにあった。
「は?、、、退院は元旦、、、あ、、、もう元旦、、、ってか、俺のバイク!何でカウル無いんだよ!」
「ああああ、カウル付けるの間に合わなかった。ごめん!」
「そんなんどうでも良いから早く降りて来いよ!まだ間に合うから、、、、」
「間に合うって、、、」
「手ぶらで来いよ!」
時計に目をやると1:40amだった。少しイラつく医師とは言え小田がこんな時間まで患者の心配をしているかと思うとプロ意識の片鱗を少し感じた。外にいる仲間の悪ノリを止めるには行くしか無いと思い急いでスリッパをブーツに履き替えた。
「あ、とりあえず俺行きます。、、、、今日のお昼に、、退院手続き、、、またお昼に来ますので、、、」
道坂が慌てる神楽本を止めるように急いで言った。
「忘れもの、、、忘れ物はありませんか?」
「忘れ物?」
「はい、、、、」
「あ、、、、えーっと、あったら取っておいて、、、」
「、、、、、取っておくだけで大丈夫な忘れ物ですか?」
「え?、、、、、」
「、、、、ハイティーンブギ、、、、忘れものになりましたか?」
「え?」
想いを巡らせたが今思い付く忘れ物は目の前の彼女しか思い付かない。よく分からない不正確な感情だったが「道坂を抱きしめたい!」と本能が叫び出した。病院で出会った可愛らしい看護師、どうせものに出来なくて当たり前だが万が一にもこちらに気があればここは映画のように思い切りロナンチックになるのが男ってもんだ。神楽本のやる気のスイッチがオンになった。髪の毛をかきあげクールを気取った。
「道坂さん、、、いや、、、ルミ、、、、来るか?俺たちのストリートに」
「え?」
「来いよ、俺たちのストリートに。横浜桟橋までここから1時間、、、来いよ」
「、、、、、私、行きます。神楽本さんは私の患者ですから」
「行こう!」
「はい!」
手を取りながら廊下を小走りに駆けた。階段を降りる度にブーツから伝わる衝撃が肩の傷口まで響く。うっすら赤く滲んでいるがなんだか楽しくて仕方がない。薄緑の入院着がはだけ下着のボクサーパンツが露わになり足元はブーツの男はナース姿の可愛らしい女性の手を取り階段を走っている。警察沙汰になりそうな程だいぶ変態的だ。
「道坂くん!仕事中!、、、、仕事は?、、、、」
「有給でお願いします!、、、、てか私、今日は上がりなんで」
小田や他の看護師が心配するのも当たり前だ。しかし道坂の足取りは軽い。今までありきたりの暮らしの中でこんなにもエキサイティングな場面は無かった。このチャンスを逃したらこのエキサイティングは二度と味わえないと道坂の本能が身体を動かしてしまったのだ。
一般病棟のドアを開け病院の救急搬送のドアを開け病院の正面ロータリーまで来た。その姿を見た笹吉と伊東が駆け寄り声をかけ、笹吉はネックウオーマーを伊東はフェイスマスクを渡した。藤秀はポケットから軍手を差し出した。
「退院おめでとう!」
「ほんと、おめでとう!」
「あああ、、、新年あけまして、、、おめでとう!」
「いやっほー!」
「おー!」
藤秀がヘルメットを脱ぎR1のシートを叩いた。カウルの無いR1のその滑稽な姿に神楽本は涙を拭った。
「あああああ、、、俺の、、アール、、、、アール、、、ワンが、、、ダサい、、、」
ダサくて仕方のないR1にまたがり道坂をタンデムシートにエスコートした。
「すごい、、、私、、、初めてです、、、」
「んだよ、、、、女ゲットかよ!」
「おお!かぐらっち!ナース彼女?」
冷やかされるものの嫌な気分では無い二人だ。神楽本はタンデムシートに座る道坂を親指で指差しみんなに言い放った。
「俺の女!」
「いやっほー!」
「おおおおお!」
「んだよ!ナース彼女かよ!」
キーを回す前に病院を見上げた。
騒ぎに気が付いた医者やナース、それに患者たちがこっちを窓を開けて凝視していた。屋上にある排気口の煙突からは大量の水蒸気が黒い空に白く昇っている。正面入り口からはガードマンとさっきまで紅白を見ていた死にかけのじいさんばあさんが出てきていた。救急入り口からは受付の看護師や救急隊員がストレッチャーに患者を乗せたままこちらを注視している。外から見ると小田が覗いている窓が自分の病室だと初めて知る。
みんなのエンジンを止めさせ病院の窓を眺める神楽本はその光景がまだ生きている証だと勝手なロマンチックになった。
「、、、、、、、、」
「、、、、、神楽本さん、、、」
「ああ、、、」
静寂が少し続いて神楽本は病院の窓に向かって叫んだ。
「新年あけましておめでとう!死ぬなよ!生きてりゃそれでオールOKだ!ずーっと、生きてろよー!みんな、、、、、、、アイラブユー!」
「おー!」
「わぁー!」
「生きるぞー!」
「死ぬなよ!にいちゃん!」
「あけおめー!」
「新年おめでとー!」
病院も窓辺から歓声と拍手が巻き起こった。ストレッチャーに乗せられた見も知らぬ患者の拳は少しだけ強く握られた。
「じゃあ、、、、行こうか!!」
キーを回すと事故以来久しぶりに聞くR1のエンジン音に鼓動が高まる。
「しっかり捕まって」
道坂に声をかけ仲間に叫んだ。
「横浜桟橋まで、、、、、、、246からカンパチ!第三京浜降りたら横浜桟橋に!」
「おー!」
「おー!」
「行くべー!」
真夜中、環七を過ぎ246を駆け抜け環八東京入り口まで一気に走った。保土ヶ谷を過ぎ首都高でレインボーブリッジを抜け大黒でUターンすると横浜出口で降りた。ネオンと影が順番に駆け抜ける都会を走り抜けイルミネーションが遠くに見えたらもうすぐ横浜桟橋だ。笹吉や伊東、宮見、若奈、矢武、病院に置いてきた藤秀はタクシーで帰っただろう、そして今日何処かで走っている名前も知らないバイク乗り全員が暗闇から光の射す方へ走り抜けるだろう。元旦を味わうこの瞬間に走っている全員が笑顔で初日の出に胸を張る、、、、、、、、、
それは少し違った。仲間は全員冬装備で来ていたが神楽本ははだける入院着にブーツ、そして後ろにはナース姿の女は白衣のままバイクに跨っている。変態も極めると絵になるもかも知れないが、横浜桟橋に着く頃には神楽本と道坂の全てが、心身共に2人の全てが凍えていた。
「さ、、、、寒い、、、、なにか、、、誰か、、、、僕に暖かいものを、、、暖かい飲み物を!、、、お願いです!、、、暖かい飲み、、、ものを!、、、ぅぅぅ、、、、肩から、、血が出てます!、、、、寒くて死にそうです!」
「私、、、死ぬ、、、寒い、、、、、ああああ、、、指が、、う、ご、か、な、い、、、寒い、、、トイレ、、おしっこ、、足が、あしが、、動きません、、、、バイク乗りなんて、、、イク乗りな、、、バイク乗りなんて大嫌い!全員馬鹿ばっかり!」
爆笑する仲間と新しい1年が始まった。
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